2006年08月04日発行947号

【昭和天皇「靖国メモ」 / スクープの背後に財界の意向 / 結局は「第2の靖国」づくり】

 昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を示していたという関係者のメモが明らかになった。マスメディアは「天皇メモ政界揺らす」「分祀論 総裁選に影響も」などと騒いでいるが、政治を動かすのに天皇発言が利用されるほど日本は非民主主義的な国なのか。首相の靖国参拝は憲法違反で許されない。戦犯天皇ごときに言われるまでもない。

戦犯が戦犯を批判

 問題の天皇発言は、富田朝彦元宮内庁長官(故人)の手帳に記されていた(1988年4月28日付)。メモによると、昭和天皇はA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司を名指しで批判、「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」などと語ったという。

昭和天皇に敬遠された靖国神社。天皇は戦争責任追及を恐れたのだ
写真:昭和天皇に敬遠された靖国神社。天皇は戦争責任追及を恐れたのだ

 天皇メモをスクープした日本経済新聞は「昭和天皇がA級戦犯合祀に強い不快感を示したのは、過去の戦争への痛切な反省と世界平和への思い、米英両国や中国など諸外国との信義を重んじる信念があったためと推察される。そうした昭和天皇の思いを日本人として大事にしたい」(7/21社説)として、小泉首相に靖国神社参拝を自制するよう求めた。「朝日」「読売」なども同様の論調を掲げている。

 時代錯誤とはこのことを言う。大手メディアがそろいもそろって首相の行動をいさめるのに天皇の言葉を持ち出すとは、とても主権在民の憲法を持つ国の出来事とは思えない。これは明らかに「天皇の政治利用」にあたる。

 そもそも、マスメディアのメモ解釈には無理がありすぎる。昭和天皇が戦後も続けていた靖国神社への参拝を、A級戦犯の合祀(78年)を理由にとりやめたのは事実であろう。ただしそれは「戦争への痛切な反省と世界平和への思い」からではない。自身の戦争責任追及を昭和天皇が恐れたからだ。

 A級戦犯を神と崇める神社に参拝などしたら、苦労して築き上げた「平和主義者・天皇」のイメージが一瞬にして瓦解する。つまり昭和天皇は天皇家の延命という観点から、靖国神社の勝手な行動に激怒した−−こう考えたほうが自然である。

 昭和天皇が松岡洋右元外相らに開戦責任を押しつける発言をしていたことは他の史料でも明らかになっている。戦犯連中にしてみれば、「本来なら最高責任者の陛下こそ戦犯じゃないか」というツッコミをあの世から入れたい気分ではないか。

経済への影響を懸念

 8月15日や自民党総裁選を控えたこの時期に、財界と密接な関係のある「日経」が天皇メモのスクープで首相の靖国参拝をけん制した。こうした動きの背後には、財界の意向があるとみて間違いない。

 事実、経済同友会は今年5月、小泉首相の靖国神社参拝が日中関係を悪化させているとして、参拝自粛を求める提言を採択している。財界団体が首相の行動を直接批判する文書をまとめたのは異例のこと。これは「いずれこの政治関係の冷却化が、両国間の経済・貿易面にも負の影響を及ぼす」という危機感を企業トップの多くが抱いていることのあらわれだ。

 もっとも、この時の経済同友会提言は「商売と政治は別だ」と小泉に一蹴されてしまった。聞く耳を持たない小泉、そして次期首相候補に対し、それならばと突きつけたカードが今回の昭和天皇メモというわけだ。

被害者は置き去り

 もちろん財界は「靖国的な存在」自体を否定しているのではない。A級戦犯の賛美につながる政治家の行動は、中国をはじめアジア諸国を刺激するので、商売の妨げにならない方法を検討してほしいというだけの話である。

 財界の考える落としどころは靖国神社の祭神からA級戦犯を除くこと(分祀)、または国立追悼施設の新設である。新聞報道は天皇メモの一件を利用して、この方向へ世論を誘導しようとしている。

 しかし、靖国神社に替わる国立の追悼施設をつくるということは、新たな戦死者を予定していることを意味する。グローバル資本の権益を守るための軍事行動で命を落とした者に国家的な「敬意と感謝」を捧げる場−−これはまさに「第2の靖国」というべき戦争動員装置ではないか。

 前述の経済同友会提言は、「不戦の誓い」を行う場として宗教性を排除した追悼碑の建立を国に求めている。だが、海外派兵や戦争国家づくりをを着々と進めながら「不戦の碑だ」などと言っても、アジア民衆の不信感を高めるばかりである。

   *  *  *

 天皇メモが靖国神社参拝に与える影響について、小泉首相は「ありません。心の問題ですから」と否定した。自身の「心の問題」をたてに靖国参拝に固執する小泉と「昭和天皇の心」を持ち出して自重を求めるマスメディア。どちらも日本のアジア侵略の被害者・遺族の「心」は念頭にない。結局、天皇メモ騒動が浮かび上がらせたのは、侵略戦争の反省なき日本の政治状況であった。     (M)

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