2006年09月29日発行954号

子どもの安全と監視社会 / ICタグで管理、通学路にもカメラ

【増殖するハイテク監視網】

 子どもの安全確保を名目にしたハイテク監視体制の構築が各地で進められている。物流用の技術を応用した登下校管理システム、通学路に監視カメラ網を張り巡らせた街頭防犯システム等々。「犯罪から子どもを守れ」という「正論」が一切の不安や批判をかき消していく。こうした監視強化の行きつく先に何が待ちかまえているのだろうか。


「子ども見守りシステム」のイメージ(総務省のウェブサイトより)画像をクリックすると拡大
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登下校管理システム

 子どもの安全対策が緊急課題と言われるようになって久しい。文部科学省の調査によると、全国の小学校の9割が防犯訓練や不審者対策を実施しているという。防犯ブザーの配布はあたりまえ、監視カメラの設置もありふれた事例になってきた。

 今や子どもの安全対策は情報通信産業にとって大きなビジネスチャンスとなっており、各企業がシステムの開発と売り込み競争にしのぎを削っている。実際の導入例として、富士通が開発し、私立立教小学校(東京・豊島区)が採用した「登下校管理システム」をみてみよう。

 同校の児童は個人情報を記憶させた無線ICタグ(お守り札とほぼ同じ大きさ)を携帯している。ランドセルなどにこのタグをつけた児童が校門を通過すると、タグから発信されている電波をアンテナが読み取り、各児童の識別データを校内のコンピュータに転送する。こうして児童1人ひとりの登下校時刻が自動的に記録される。保護者やクラス担任は専用のウェブサイトで児童の登下校時刻を閲覧できる。さらに保護者の携帯電話やパソコンなどに確認メールが送られる。

 立教小の場合、子どもの監視エリアは校門周辺に限定されているが、これを通学路や地域全体に広げることは十分可能である。現に今年2〜3月、そうした「街頭防犯システム」の実験が大阪市立中央小学校の校区で行われた。通学路にある自動販売機に緊急押しボタン・ICタグのリーダー・監視カメラが取り付けられ、子どもの緊急時には映像付きの通報が管理センターなどに届くようにした。

発信装置を取り付けたランドセル
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 総務省が「ユビキタス子ども見守りシステム」の普及構想を掲げるなど、政府は治安対策の切り札としてハイテク監視システムの構築を進めようとしている。これは最新のIT技術を商売にしたい産業界の思惑と一致する。かくして監視社会化は官民上げての国策となった。その大義名分が「子どもの安全を守れ」というわけだ。

人間関係まで監視

 そもそもICタグは商品管理や食品の生産・流通ルートを捕捉するために開発された技術である。対人用としては、米国オハイオ州の刑務所が受刑者の行動監視に使用している例などがある(日本の法務省も導入を検討中)。

 この受刑者監視装置に対し、米国では「人間を家畜扱いするのか」という強い批判がある。一方日本では同じ技術を子どもに使っても反対の声は聞こえてこない。「子どもの安全が第一、個人のプライバシーは二の次だ」といったムードが学校や地域社会を覆い尽くしている。

 「犯罪を防ぐためなら、ある程度の監視はやむをえないのでは」という意見もあるだろう。だが、監視体制が一度つくられてしまうと、使用目的は監視する側の都合にあわせて際限なく広がっていく。

 立教小でシステムの導入を進めた担当教諭は、全児童の出欠記録を自動的に集計することで教職員の労力を軽減できたと話す。そして「今後は登下校の記録情報によって仲良しグループのソート分けができるのではないかと考えています」と公言する。

 監視システムを使って子どもの人間関係を把握・分析する−−使う方は善意でやっているのかもしれないが、ここまでくると人権侵害行為以外の何ものでもない。

 ICタグによる行動監視のグロテスクさは、大人にタグの携帯が義務づけられた状態を思い浮かべればはっきりする。監視する側は対象者の行動パターンを記録し分析することで、その人間関係や趣味嗜好まで割り出すことができるのだ。

国家と資本の要求

 監視で得た個人情報を国家や資本が見逃すわけがない。治安当局は彼らにとっての要注意人物(たとえば戦争国家づくりに反対する人々)の監視に使うし、資本はマーケティングに活用する。まさに超監視社会の到来である。

 もちろんICタグの携帯を住民に強制するような強権的国家が一足飛びにやってくるとは考えにくい。しかし「子どもの安全が最優先」という論理がエスカレートしていけば、子どもに接する者もICタグを使って監視すべきだという議論が出てくることは目に見えている。

 9・11事件以降、米国では「テロ対策」を口実に、市民の行動や思想傾向までを公権力がチェックする監視社会が到来した。同じ監視社会化が日本では「子どもの安全対策」を旗印に推し進められようとしている。     (M)

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