2007年04月06日発行980号

【どくしょ室 / 外国人研修生殺人事件 / 安田浩一著 / 七つ森書館 / 定価1600円+税 / 「奴隷労働」が招いた悲劇】

 2006年8月18日、千葉県木更津市の養豚場で殺人事件が発生した。被害者は社団法人・千葉県農業協会常務理事越川駿(62)。加害者は崔紅義(ツィ・ホニー)、26歳の中国人青年。外国人研修生だった。

 筆者は、加害者やその家族に会いに、木更津拘置所や中国黒竜江省へと出向く。加害者が働いていた養豚場、送り出し機関や受け入れ機関関係者を取材し、事件の背景、外国人研修制度の虚構を暴いていく。

 外国人研修生の制度は、90年代に入り、大きく仕組みを変えた。それまでの「企業単独型」から協会や企業団体が受け入れ中小企業に振り分け派遣する「団体管理型」へと移行する。低賃金労働者の調達方式としての「偽装研修」が本格化するのである。

 91年、法務・厚生省など5省管轄で研修制度の監督機関、財団法人・国際研修協力機構が設立された。制度の目的を「開発途上国への技能・技術移転による国際貢献」と掲げる。だが、そんなものはどこにも存在しない。

 中国のある送り出し機関は「低廉な人件費と優秀な人材で飛躍をはかる時代です!中国の若者達をご活用ください」と日本語の宣伝をうつ。日本の中小零細企業に「研修生」を斡旋する受け入れ機関は「パート社員から研修生へ、コスト削減のチャンス」と売り込みをはかる。

 「研修」の現場は、派遣やアルバイトさえ応募しない劣悪な労働環境・労働条件なのだ。外国人研修生は約16万人、その大半が中国人、そしてアジアの人々だ。研修生を人間扱いしない使用者には、差別意識をむき出しにする者もいる。トヨタ自動車の下請け会社では、時間中のトイレ使用に1分間15円の罰金を徴収しているという。

 崔紅義の「研修」先は初老の夫婦だけで営む小さな養豚場だった。外国人の受け入れをためらう夫婦を説き伏せたのが、事件の被害者だった。

 崔に示された条件は、月額6万5千円、週40時間、週1日休み。つまり、週1日は、必ず残業扱いの労働日。ちなみに残業代は時給450円、割り増しどころか千葉県の最低賃金(687円)を下回る。

 数々の労基法違反を含んでいるが、「研修生」は「労働者」ではないとする建前を拡大解釈し、その一方で、残業代を別口座に入れ、「研修」以外の労働がばれないようにウラ帳簿をつくる。すべてが千葉県農業協会の指導だった。

 待遇改善を求めた崔を面倒に思い、強制帰国させるために連行しようとした時、事件は起きた。

 非正規雇用で酷使される日本人労働者よりさらに劣悪な環境で働く外国人研修生。その奴隷労働に群がり生き血を吸う者は多い。だが、結局は弱者を食い物にするグローバル資本がその頂点にいることを見てとらねばならない。  (T)

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