2007年06月29日発行991号 books

どくしょ室 / 競争原理は教育を壊す

『イギリス「教育改革」の教訓 / 「教育の市場化」は子どものためにならない』
阿部菜穂子著 岩波ブックレット 本体480円+税

 安倍内閣が進める「教育改革」は、イギリスのサッチャー政権が1980年代末に行った「改革」をモデルにしているという。「サッチャー教育改革」とは、「公教育に統一学力テストを導入し、テスト結果を公表することで学校を競争させ、親に好きな学校を選ばせる、という『市場原理』を適用するもの」である。この新自由主義的手法は労働党のブレアに政権が変わっても引き継がれた。

 本書は、わが子の学校生活を通してイギリスの「教育改革」を間近で目撃してきた著者が、その実態をレポートしたものである。本書では、教育の市場化とともに生み出された様々な弊害が報告されている。

 まず、「教育の階層化」である。学校ごとにテストの点数を競わせたことで、教育の階層化が作られたのだ。学力テストの結果が政府発表と合わせ新聞各紙で「全国成績上位20位」「全国成績ワースト50校」といった形で大きく取り上げられると、富裕層は競い合うように成績上位校へ引っ越し始める。一方で成績の悪い学校には低所得者層や移民・難民家庭が目立ち、所得水準と学力格差との結びつきが顕著に出るようになったという。

 生徒数の急激な変化によって、イギリスでは閉校する学校が増え、サッチャー政権後、246校が消えた。また、2004年には1994年よりも最下層の貧民世帯が75万人増えた。教育の市場化による貧富の格差拡大が明らかになっている。

 さらに著者は教育の市場化が学校や教師、生徒に悪影響を与えていると言う。閉校の危機を乗り越えようと、多くの学校が点数至上主義に走らされる。教師は政府からの要望に応えるために、生徒の相手をする時間がなくなるほどの仕事を与えられる。子どもはというと、学力テストのための学習が増えたため、学校の授業についていけない生徒が40%も増えたという。

 著者は「競争によって学力が向上した」という政府の主張に疑問を投げかけている。統一テストの結果は学力水準を正確に反映していないという教育学者の批判があるし、「思考力」や「表現力」はテスト偏重の学習によって低下したという指摘もある。

 様々な弊害が噴出する中、学力テストの廃止を決めたウェールズや北アイルランドのように、英国では競争主義にもとづくテスト体制を改める機運が盛り上がっている、と著者は言う。全英校長会が「成績順位表」の廃止を求める決議を採択したり、教育の市場化を進めた保守党内からも「成績の悪い学校を名指しして辱める体制に終止符を打つ」と学力テストに真っ向から反対する動きがでている。

 「競争原理」を導入すれば公教育は再生する、と安倍首相は言う。だが、イギリスの先例は「教育の市場化」が決して子どものためにならないことを教えている。       (Y)

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