2019年11月29日 1602号

【萎縮する「表現の自由」/映画上映・作品展示の取りやめ相次ぐ/トリエンナーレ・ショックの影響大】

 日本軍「慰安婦」問題を扱った芸術作品や映画の公開が中止に追い込まれる事態が相次いでいる。ネット右翼の脅迫、補助金をたてにとった行政の圧力が原因だ。その結果、「政府批判と思われる作品はやめておこう」式の萎縮、忖度(そんたく)、自主規制がいたるところで起きている。民主主義の根幹をなす「表現の自由」が危機に瀕している。

見えない恐怖におびえ

 ドキュメンタリー映画『主戦場』は、日本軍「慰安婦」問題を題材に、歴史修正主義者のデタラメぶりを明らかにした作品である。今年4月に劇場公開されて以降、大きな反響を巻き起こしている(本紙1576号8面参照)。

 その『主戦場』の上映が一時中止となる事件が起きた。川崎市で10月27日から11月4日まで行われた「KAWASAKIしんゆり映画祭」での出来事だ(映画祭の最終日に1回限りの上映が行われた)。上映中止に至る経緯を振り返ってみよう。

 この映画に対しては、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長など一部の出演者が上映差し止めを求める訴訟を起こしている。映画祭を共催する川崎市はそのことを理由に、「裁判中の映画を市の共催事業で上映することは難しい」と主催のNPO法人に伝えたのだ。

 無理筋の理由というほかない。憲法学者の木村草太が指摘するように、「差し止め訴訟の提起が上映中止理由になるなら、誰もが、気に入らない映画の上映を妨害できてしまうだろう」(11/3沖縄タイムス)。川崎市の態度は嫌がらせ目的の訴訟戦術にお墨付きを与えるものだ。

 だが、主催者側は市当局の「懸念」を「重く受け止め」、上映の取りやめを決めた。映画祭の代表者は、映画祭予算の半分近くを助成する市との関係悪化を恐れたと認めている。また、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で日本軍「慰安婦」問題のモニュメント(平和の少女像)の展示が中止になったことが念頭にあり、「嫌がらせや脅迫など見えない恐怖におびえた」とも語っている。

 抗議や脅迫行為が実際にあったわけではない。市当局が具体的なアクションを起こしたわけでもない。それなのに「見えない恐怖」におびえ、自主規制してしまったのだ。

写真使用で展示不可

 「あいちトリエンナーレ」では、ネット右翼の脅迫や政権に近い極右政治家の圧力により、少女像を展示した企画展が一時中止に追い込まれた。そして文化庁は補助金約7800万円の交付を取り消した。このトリエンナーレ・ショックの影響は絶大だった。政権の意向を忖度した行政当局の検閲や主催者側の自主規制が立て続けに起きている。

 三重県で開かれた伊勢市美術展覧会(10/29〜11/3。伊勢市と教育委員会などが主催)では、中国人「慰安婦」像の写真を使った作品が展示不許可とされた。鈴木健一市長はトリエンナーレの一件を引き合いに出し、「市民の安全を第一優先に考えて判断した」と強調する。

 ウィーンで開催中の芸術展では、日本大使館が国交150年記念事業の認定を取り消す一幕があった。福島原発事故における政府や東京電力の対応を題材にした作品や、日本の戦争責任に触れた動画を問題視したのである。この一件でも、「反日プロパガンダだ」などと騒ぐネトウヨが外務省への抗議を呼び掛けており、自民党の議員が実際に動いている。

 国策に反する芸術・文化は認めないという政府の意向が働いていることは明白だが、その一環として文化庁所管の日本芸術文化振興会は活動への助成金支給要綱を改めた。「公益性の観点から不適当」と判断した場合、助成金の支給を取り消すことができるようにしたのだ。

 その先取り適用となったのが映画『宮本から君へ』である。出演俳優が麻薬取締法違反で有罪判決を受けたことが理由だが、本作品の河村光庸(みつのぶ)プロデューサーは映画『新聞記者』の企画製作者だ(東京新聞の望月衣塑子記者に密着した『i―新聞記者ドキュメント―』も彼の製作)。「安倍政権を批判する映画をつくったことへの意趣返しか」との疑念がわくのは当然だ。

行き着く先は戦争国家

 電凸(でんとつ)と呼ばれる匿名の脅迫電話や嫌がらせによって主催者や自治体を動揺させ、政治家の圧力でとどめをさす――安倍政権に連なる戦争勢力は、気に入らない表現活動を社会的に排除する「必殺パターン」を編み出したと言える。「事なかれ主義」に走る行政当局が、施設の使用を許可しなければ、美術展、演劇会、上映会、コンサートなどには致命的な打撃となる。

   *  *  *

 政府批判もできないようでは「表現の自由」は成り立たない。「表現の自由」が窒息死すれば民主主義も滅びる。安倍政権はそれを承知の上で、表現活動全般への締め付けを強めている。国策への批判が一切許されない社会、すなわち戦争国家の確立を連中は見据えているのである。(M)



ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS