2020年03月20日 1617号

【コロナ対策と称した安倍戒厳令/「緊急事態宣言」の危うさ/「憲法改正の実験台」は本当だった】

 嘘つき、隠蔽男は火事場泥棒でもあった―。安倍晋三首相が新型コロナウイルス対策と称して、人権の制限を伴う措置が可能になる「緊急事態宣言」を出そうとしている。これは感染症対策ではない。今回の事態を「憲法改正の実験台」にするつもりなのだ。

 安倍首相は3月4日、新型コロナウイルスへの対応について野党5会派の党首らと個別に会談し、さらなる感染拡大に備え「緊急事態宣言」を可能にする法案の成立に協力を呼びかけた。具体的には、現行の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を改正し、新型コロナ感染症にも適用できるようにするという。

 すでに新型インフル特措法が存在することから、今回の立法措置に対する人びとの警戒心は薄い。「コロナを対象に追加するだけだよね」と思いがちだ。しかし、新型インフル特措法自体が重大な問題をはらんでいるのである。

 同法は、当該疾病の全国的かつ急速なまん延により、国民の生活及び経済に甚大な影響を及ぼす(また、そのおそれがある)ものとして政令で定める要件に該当する事態となった場合、首相が「緊急事態宣言」を行うとしている。この宣言を受け、都道府県知事は以下の緊急事態措置が可能になる。

 ▽住民への外出自粛要請▽多数の者が利用する施設(学校、社会福祉施設、一定の広さを超えるホールなど)の使用制限や停止▽催物の開催の制限・停止要請▽臨時の医療施設を開設するための土地・建物の強制使用▽物資の売り渡し要請、収用、保管命令等々。

 このように、ひとたび緊急事態宣言が発せられれば、個人の自由や権利を制限する措置が可能になる。移動や集会の自由、ひいては言論・表現の自由が一方的に制限されるおそれがあることから、日本弁護士連合会や日本ペンクラブなど各種団体は本法に反対する声明を出していた。

不安感につけこむ

 安倍首相は民主党政権下で成立した特措法をそのまま新型コロナ対策に用いるのではなく、法改正にこだわった。「自分が動いて緊急事態宣言を可能にした」とアピールすることによって、落ち込んだ支持率の回復を狙っているのだろう。いつもの「やってる感」演出というやつだ。

 ただし安倍一味の今回の動きには一歩踏み込んだ悪だくみのにおいがする。停滞している改憲議論を新型コロナ対策を口実に活性化し、政権浮揚につなげたいとの思惑だ。

 すでに自民党内などからは「コロナ騒動を使って改憲機運を高めよ」と言わんばかりの意見が相次いでいた。その典型が伊吹文明・元衆院議長の「緊急事態のひとつの例。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいいかもしれない」(1/30)との発言である。

 日本会議系の極右論客であり、「憲法改正は『緊急事態条項』から一点突破を図れ」が持論の百地章(日大名誉教授)も、「コロナウイルス対策もできない現行憲法」といった論考をたて続けに発表している。

 新型コロナをめぐる混乱を利用して国家的緊急事態という概念を人びとに刷り込み、「備えが必要」という方向に誘導しようとしていることは明らかだ。

内閣独裁に道開く

 「命を守るためなら多少の不自由や権利制限は仕方ない」という意見もあるだろう。しかし、安倍自民党が「緊急事態改憲」でやりたがっているのは、感染症や自然災害対策の域をはるかに超えている。

 自民党が2018年3月に提示した「憲法改正条文イメージ・たたき台素案」をみてみよう。この案では、独立した緊急事態条項を設けるのではなく、内閣の役割を定義した現行73条などに緊急事態の規定を付け加えることになっている。

 「第73条の2第1項 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる」

 簡単に言うと、内閣だけで法律と同じ効力を持つ政令(独立命令)をつくることができるということだ。その対象に限定はなく(あらゆる法律を実質的に変えられるということ)、手続きの制限もない。そして、国会が承認しなくても政令の効力は失われない。

 これはもう内閣独裁条項ではないか。

まさに火事場泥棒

 「よく見えない、よくわからない敵との戦いは容易ではありません。政府の力だけでこの戦いに勝利を収めることはできません」。安倍首相は2月29日の会見でこう述べ、「国民のみなさんのご理解、ご協力が欠かせません」と訴えた。3月4日の野党党首との会談後には「国家的危機にあたっては与党も野党もない」と強調した。

 新型コロナ対策を戦争になぞらえ、「挙国一致」の必要性をアピールしたわけだが、その本音は「国難だから我慢しろ」「この非常時に政府のやることを批判するな。黙って従え」ということでしかない。

 「法や規範を侮る。議論や説明責任を嫌う。通算8年余、そんな体質をあらわにしてきた首相に、私権の制限を含む緊急事態宣言の発動を安んじて委ねることはできない」。朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」はこう書いた(3/5付)。

 同感だ。人びとの生活に重大な影響を及ぼす措置(全国一斉休校要請や中国と韓国からの入国制限強化など)を、科学的根拠を示すこともなく「政治判断」とやらで濫発する暴走総理に、「緊急事態宣言」の権限を与えるなんて危険きわまりない。

 新型コロナ対策にかこつけた火事泥棒的改憲策動を許してはならない。(M)



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