2020年03月27日 1618号

【どくしょ室/「逃げるな、火を消せ!」 戦時下トンデモ「防空法」/大前治著 合同出版 本体1800円+税/空襲被害を拡大させた安全神話】

 1945年3月10日、米軍は東京への無差別爆撃を実行した。東京の下町は焼夷弾により火の海と化し、一夜にして12万人が殺された。空襲はその後も続いた。3月12日に名古屋、13〜14日大阪、17日神戸、そして19日には再び名古屋…。

 当時の新聞を見ると、多数の死傷者が出ていることには触れず、「逃げるな火を消そう」とか「消火を忘れた不埒者」といった恫喝記事がやたらと目立つ。一体、どうしてなのか。

 実は、戦時下の日本において「逃げずに火を消せ」は法的義務であった。都市からの退去を禁じ、空襲の際には消火活動への協力を義務づける防空法という法律があったのだ。違反した者には懲役刑ないし高額の罰金(当時の教員の月給の5か月分)が科せられた。

 法律による縛りに加え、「逃げる者は非国民」とのキャンペーンが展開された。また、空襲は怖くないという「感じ」を人びとに持たせるために、政府は非科学的な楽観論を広めた。米国製の新型焼夷弾は消せないという事実をつかんでいたにもかかわらず、だ。

 ではなぜ「避難の禁止」が国策となったのか。後に陸軍中将となる軍人が帝国議会であけすけに語っていた。空襲の被害よりも戦争継続意志の破綻が恐ろしいのだ、と。防空法が守ろうとしたのは戦争遂行体制だったのだ。そして空襲被害は拡大し、多くの人びとが死んでいった。

 本書は、空襲被害者に寄り添い、国家補償を求める裁判を闘った弁護士が、防空法体制の全容を明らかにした労作である。一読して、人命をないがしろにするこの国の体質は今も変わってないと感じたのは私だけではあるまい。   (M)
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