2020年04月24日 1622号

【ショック・ドクトリン狙う支配層/コロナで世界は変わるのか/社会主義的「対案」を今こそ】

 自分の力ではどうにもならない危機に直面した時、人は身を守るために大きな力にすがりつこうとする。自由や権利を権力に差し出すことも「命あっての物種」と受け入れる―。新型コロナウイルスの感染が広がる中、こうした風潮が急速に強まっている。

恐怖にかられる世論

 「この2か月で私たちの暮らしは一変した」「かつての日常は失われた」。新型コロナウイルス対応の特別措置法にもとづく緊急事態宣言の発出にあたり、安倍晋三首相はこう強調した(4/7記者会見)。

 激烈な表現である。社会は通常モードから対コロナ戦モードへ、昔風の言い方をすれば「非常時」に突入したという宣言なのだから。しかし、多くの人びとは首相の言葉に疑問を抱くことはなかったようだ。

 毎日新聞が4月8日に実施した緊急世論調査によると、緊急事態宣言の発令を「評価する」意見が72%を占め、「評価しない」20%を圧倒した。宣言を受け、外出やイベント参加を「これまでより自粛する」との回答は86%に達した。

 発令時期については「遅すぎる」が70%で、「妥当だ」22%を大きく上回った。対象地域についてはどうか。「もっと広げるべきだ」が58%で、「妥当だ」は34%。「もっと限定すべきだ」はわずか2%であった。

 調査結果が示すように、世論は政府が緊急事態宣言を出したこと自体は評価している。不満は「対応が遅く、物足りない」こと。つまり、新型コロナウイルスへの恐怖心から、より迅速で強制力のある措置を求める傾向がうかがえる。

 実際、テレビのワイドショー番組を見ると「外出自粛要請に従わない若者」への非難が目立つ。逆にネットは「高齢者こそ自粛していない」との反論で盛り上がっている。いずれにせよ、「言うことを聞かないバカのせいで私たちが危険にさらされている」という発想に変わりはない。

 これがエスカレートすると、「自粛要請には実効性がない」として、強制的に従わせる「お上の命令」を市民の側から待ち望むようになる。「はっきり決めてくれたほうがいい」というやつだ。

自由と人権の危機

 そうした世論の変化を敏感に察知した政治家が東京都の小池百合子知事であり、大阪府の吉村洋文知事である。特に小池知事は「生ぬるい政府」との違いを際立たせることに成功した。7月に予定される都知事選挙を意識しての動きであろう(「ポスト安倍」の野望も垣間見える)。

 他の自治体首長もアピール合戦に加わった。愛知県や京都府の知事は緊急事態宣言の対象区域に入れるよう政府に働きかけた。市独自の「非常事態宣言」を出した市長もいる。

 私権の制限をともなう措置を政治家が競い合う状況を「改憲命」の安倍晋三が指をくわえて見ているわけがない。4月7日の衆院議院運営委員会では緊急事態条項の創設を含む憲法「改正」に言及。「新型コロナウイルス感染症への対応も踏まえつつ、国会の憲法審査会の場において、与野党の枠を超えた活発な議論が展開されることを期待したい」と発言した。

 安倍首相をはじめ、支配層の念頭にあるのは「ショック・ドクトリン」、すなわち普段の社会状況では抵抗が強く実現が難しい政策課題を惨事に便乗して一気に実現しようとする思想・行為である。ターゲットは憲法「改正」だけではない。たとえば、感染封じ込めを大義名分としたハイテク監視・追跡システムの合法化が狙われるだろう。

 基本的人権の尊重という憲法理念は今、重大な試練に立たされている。

軍事費を医療に回せ

 2020年を「コロナ独裁の始まり」にしないためにはどうすればいいのか。ショック・ドクトリンは人びとが茫然自失の状態にあるうちに強行される。支配層のための社会改造計画が「この道しかない」という論理で正当化される。だからこそ、私たちは「対案」となる政策・構想を示さなければならない。

 韓国の政策提言NGOである「参与連帯」は4月8日、「増え続ける国防費を大幅に削減し、新型コロナウイルスの被害克服のために投入すること」を求める論評を発表した。「人間の生活と直結した脅威が何かを直視し、市民の安全を守るために限られた国家予算をどこに投資するのか、熾烈に悩むことで応えるべき」として、正面からの議論を促す内容だ。

 日本にもあてはまる重要な問題提起である。莫大な国家予算を軍事費に投入する一方で、コロナ禍に苦しむ人びとへの補償(損失補償や現金給付)をケチるなんて馬鹿げている。自己責任論では感染拡大は抑えられない。税金は「良い雇用、しっかりとした社会安全網、持続可能な環境」のために使うものなのだ。

 米国の歴史家マイク・デイヴィスは「資本主義のグローバル化は生物学的に持続不可能だ」として、「人類生存のための独立した社会主義的計画が必須だ」と訴えている。具体的には「医療・製薬産業を当面の標的にし、社会的所有と経済権力の民主化を提唱する次のステップに今こそ踏み切らねばならない」という(『世界』5月号)。

 同感である。医療崩壊を防ぐと称して検査を抑制したり、高齢重症者を切り捨てる惨状は、医療を市場原理にゆだねる新自由主義政策がもたらしたのだ。

   *  *  *

 コロナで世界は変わるのか。答えはイエスである。問題はどのように変わるか、だ。社会的連帯を基盤とし、命と人権がともに大切にされる政治・経済システムを構築しなければ、この災厄は克服できない。 (M)



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