2020年05月08・15日 1624号

【読書室/証言 沖縄スパイ戦史 三上智恵著 集英社新書 本体1700円+税/沖縄「戦争マラリア」 強制疎開死3600人の真相に迫る 大矢英代著 あけび書房 本体1600円+税/「裏の戦争」が物語る軍隊の論理/住民を「勝つための消耗品」扱い】

 沖縄県民の4人に1人が亡くなったとされる沖縄戦。その最大の教訓は「軍隊は住民を守らない」ことである。しかし私たちは、その意味を本当に理解しているのだろうか。軍隊の駐留はその地で暮らす人びとに何をもたらすのか。沖縄戦の「裏面史」を描いた2冊の本から考えてみたい。

戦争マニュアルは語る

 2018年に公開されたドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』。その共同監督の2人がそれぞれ執筆したのが、今回取り上げる本である(三上智恵(ちえ)著『証言 沖縄スパイ戦史』/大矢英代(はなよ)著『沖縄「戦争マラリア」 強制疎開死3600人の真相に迫る』)。

 東京都出身の三上監督は「沖縄と戦争」をテーマに、数々の映像作品を手掛けてきた。小学6年生の時に沖縄戦の実相に触れた彼女が長年抱き続けてきた疑問。それは「敵の弾に当たって死んだのではない死者の数がなぜここまで多いのかという問題」だ。

 監督は映画の撮影が終わった後も、「護郷隊」と呼ばれた元少年ゲリラ兵をはじめ、彼らを率いた隊長と同じ陸軍中野学校の出身者などへの取材を重ねた。浮かび上がってきたのは、「軍隊が来れば必ず情報機関が入り込み、住民を巻き込んだ『秘密戦』が始まる」という、現代にも通じる法則であった。

 日本軍は数々の戦争マニュアルを作成している。これを見ると、住民虐殺や強制集団死などが「起こるべくして起きたこと」であり、「本土決戦」が行われていたら沖縄戦以上の悲劇が各地で確実に起きていたことがわかる。

 たとえば、「本土」でも少年ゲリラ兵の準備が進んでいた。14〜15歳の子どもに陸軍中野学校仕込みのゲリラ訓練を施していたのである。取材当時97歳の元教官はこう言い切った。「住民は一つの兵器に過ぎなかったんやね」「基地は大事やけど住民は兵器やで、消耗品やもんね」

 沖縄戦最終盤の1945年6月には、義勇兵役法が制定・公布されている。これはすべての国民を戦闘要員にするための法的整備であった。「住民は守る対象ではなく、消耗可能な戦力と見なす発想は、何も外国や沖縄への差別に由来するものではなかったという点は冷静に捉える必要があろう」と著者は言う。

「沖縄は特別」か

 ゲリラ戦の成否は住民の全面協力にかかっている。敵もまた住民を利用しようとするので、住民を常に監視し、裏切り者が出ることを防がねばならない―。こうした日本軍の方針が、沖縄戦で住民虐殺が頻発した背景にある。

 沖縄島北部では日本軍が「国士隊」という住民の秘密組織を作らせていた。目的は「スパイ」の摘発である。軍や政府の批判を口にしている者はいないか、外国語がわかる移民経験者は誰か、そうした「不穏分子」を見つけ出し、報告せよというわけだ。

 日本軍が持っていたというスパイリストは住民の協力(要するに密告)がなければ作れない。地域の中に加害者と被害者がいて、戦後も同じ集落で生活した事例も少なくない。このことが人びとに沈黙を強いた。

 北部の山中に避難していた人(当時15歳)は「スパイの恐怖」に取りつかれた心理状態をこう証言する。「僕も殺しに行くよ。あたりまえ。これ殺しておかないと僕、殺されるわけだから。ヤマトンチュー(本土の人)だからウチナンチュー(沖縄の人)だからというのは関係ない」

 戦争になれば民間人も軍隊の論理に支配され、最終的には住民どうしの殺し合いに行きつく。まさに「人間が人間でなくなる」のである。住民虐殺は沖縄戦ゆえの特殊事例ではない。そこを見誤ると「自分たちは大丈夫(沖縄に何かあったとしても)」と思い込む。著者が指摘するように、この「深刻な勘違い」が基地問題への無関心さにつながっているのである。

語り伝える責任

 日本軍の命令による強制移住、それが引き起こしたマラリアによる病死。これが「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」だ。戦争マラリアは八重山(やえやま)諸島全域で起きた。中でも深刻な被害を受けたのが波照間(はてるま)島だった。

 強制移住を指揮したのは、ここでも陸軍中野学校の出身者だった。彼は正体を偽り、学校指導員として波照間島にやってきた。その任務は米軍の上陸に備え、住民を使ったゲリラ戦の準備をすることにあった。

 日本軍の作戦計画書には「直接的戦闘に参加できない者は移住させる」とある。移住先は日本軍が駐屯する島に限定された。米軍に利用されぬよう、軍の監視下に置くためだ。こうして波照間の人びとは西表(いりおもて)島のジャングルに閉じ込められた。マラリア有病地帯であるにもかかわらず。

 日本政府は今、南西諸島への自衛隊配備を急速に進めている。強制移住を経験した石垣島の古老は「経済発展」を理由とした配備賛成論に憤る。「秘密を持っている軍隊と、秘密を持たない住民とが同じ島で生活する。当然、住民は監視されますよ。『誰が情報を漏らしたんだ』と責められる。人間の恐怖感で、事実じゃないことがバーって広まっていく。ノーマルな生活などできなくなる」

 これは「本土から遠い南の島」だけの現象なのか。特定秘密保護法の制定、共謀罪の創設などが示すように、住民を権力の監視下に置くシステムの構築が日本全体で進んでいる。戦争マラリア被害者たちの「また戦争をするんかやぁ」という嘆きは杞憂(きゆう)ではない。

   *  *  *

 「英代には戦争マラリアを学んだ者としての責任があるよ。それをどう社会に還元しながら生きるのか、考えないといけないよ」。学生時代から波照間の人びと生活を共にし、戦争マラリアの証言を記録してきた大矢監督に、島のおじいはこう語ったそうだ。

 そう、私たちには責任がある。「国家体制」を守るために住民を使い捨ての武器扱いした沖縄戦の事実を語り継ぎ、広く知らせなければならない。三上監督が言うように、「『強い軍隊がいれば守ってもらえるという旗』を掲げた泥船に、二度と再び、乗り込まないために」。    (M)



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