2020年05月22日 1625号

【コロナ緊急事態宣言延長根拠示せず/「期待した減り方」ではなかったと「専門家」/迷走する対策 変わらぬ無責任体制】

 新型コロナ対策本部長安倍晋三首相は5月4日、緊急事態を5月末まで延長すると宣言した。14日に改めて判断するとしているが、解除の基準となる数値は示さなかった。むしろ新規感染者の「減り方」を持ち出し延長理由とした。そもそも「1日2万件実施」と言ったPCR検査数はなぜ増えないのか。そこには政府・御用学者もたれあいの構造が見える。

宣言延長に根拠なし

 「出口に向かって一歩一歩前進していきたい」と緊急事態宣言延長の記者会見で語った安倍だが、「出口」は示さなかった。

 安倍は2月末の「一斉休校」宣言の失敗以来、「私が判断した」とは言わず「専門家の判断」を前面に出すようになった。「科学的な判断」が示されるなら歓迎すべきことだが、その「専門家」が政府追認の御用学者では結局、政府も学者も責任を負わない無責任集団が形成されるだけだ。

 安倍の会見に陪席する尾身茂。肩書は新型コロナ対策関係閣僚会議の諮問機関である有識者会議会長。同時に新型コロナ特措法による対策本部の下に設置された専門家会議の副座長でもある。厚労省傘下の独立行政法人地域医療機能推進機構の初代理事長のポストに就いている。

 緊急事態延長に先立ち、尾身は「(新規感染者が)期待したほどの減り方ではなかった」(5/1)と解説した。安倍の緊急事態延長方針を支えるためだ。「期待した」のは「8割削減」の結果得られる減り方だった。1人の感染者が次にうつす人の数について、何も対策をしない場合(基本再生産数)を2・5とし、接触機会を8割減らせば感染機会も8割減ると仮定すれば、2・5は0・2倍して、0・5になる(実効再生産数)。2・5倍ずつ増えたものが、2分の1倍づつ減っていく。だが、そうならなかった。

 この予測値は北海道大学大学院西浦博教授のモデルによるが、いくつもの仮定条件を設定した上での計算結果に過ぎない。市民の行動の自由を制約する説得力はほとんどない。ピークを下げるとしていた専門家会議の当初方針(図)とも違う観点だ。

図 専門家会議配布資料にみるポイントの変化

第3回(2/24) 増加スピードを抑えピーク下げる


第11回(4/22) 「8割削減」の効果を強調


第12回(5/1) 減少スピードは「期待はずれ」

初動の誤り修正せず

 専門家会議をリードしているのは尾身ではなく、感染症数理モデルの「専門家」として登場してきた西浦だ。だが彼は専門家会議のメンバーではない。厚労省の対策本部のクラスター対策班に「ボランティア」として参加しているという。

 このクラスター対策班が設置されたのは2月25日。それまで、検疫法と感染症法を所管する厚労省結核感染症課が国立感染症研究所(感染研)と連携し初動にあたったが、お手上げ状態になり専門家チームが設置された。リーダーは専門家会議のメンバー東北大学大学院押谷仁教授。WHO(世界保健機構)でSARS(重症急性呼吸器症候群)封じ込めにあたった実績があるのだが、「SARSとはまったく別物」と自ら言うように、新型コロナに手こずった。そこで協力を仰いだのが西浦だ。

 新型コロナに対する基本方針はクラスター対策班も感染研と同じだ。水際作戦(検疫法)と感染者及び接触者の隔離(感染症法)。1月16日、中国・武漢からの帰国者の感染が確認されると、感染研は翌日、「積極的疫学調査」の実施要領を公開。だが、検査対象者を中国・武漢からの帰国者に限定する最初の誤りを犯した。

 政府のコロナ対策はこの方針で出発した。押谷は「日本のPCR検査は、クラスターを見つけるためには十分な検査がなされている」(3/22NHKスペシャル)と述べている。つまり、検査数が増え、感染拡大が明らかになればクラスター対策はもはや無意味となることを恐れているのだ。専門家会議は、PCR検査数を増やしたくなかった政府と利害が一致した。

検査抑制をやめよ

 「積極的疫学調査」とは感染症法に基づくもので、感染者と次の感染者を隔離し、ウイルスを封じ込めるためのもの。つまり感染者が出れば、その行動履歴や接触者を聞き取り、接触者をしらみつぶしに積極的に検査していけば封じ込めることができるはずだった。

 ところが感染研はこれをしなかった。接触者の検査をさぼったのだ。感染研の調査要領(1月17日版)は「『濃厚接触者』については、37・5℃以上の発熱、または急性呼吸器症状がでた場合、検査対象者として扱う」としていた。濃厚接触者でも症状が出なければ検査しないという2つ目の誤りを犯した。

 その後、調査要領は何度も改定されているが検査対象の基本は変えなかった。最新の4月20日版でも「原則として、健康観察期間中である無症状の濃厚接触者は、新型コロナウイルスの検査対象とはならないことは前述の通り」。さらに、無症状感染者にあっては「接触者調査の実施について個別に判断する」と感染経路を追うこともしない。安倍が「1日2万件の検査実施」(4/6)を表明しようが、緊急事態宣言(4/7)が出ようが修正はしなかった。

 「積極的疫学調査」の基本を怠り、無症状感染者が感染を広げることを放置した。これが、他の症状で受診するコロナ感染者が医療機関にウイルスを運んでも防御できない事態を引き起こしているのだ。

 加藤勝信厚労相は5月4日、やっと「37・5度の発熱4日間」の基準を見直すことを口にした。「検査難民」の事実と批判の前にごまかしきれなくなったからだ。だが監視は怠れない。その4日後「目安が基準に誤解された」と保健所、市民に責任転嫁した。必要な検査すらしない検査抑制を根本から改めさせなければならない。

   * * *

 いま日本で新型コロナ対策の中心となっている「専門家」とは誰なのか。厚労省の医務官僚なのか、国立感染研グループなのか。専門家会議やクラスター対策班なのか。すべては「西浦モデル」なのか。

 安倍は緊急事態宣言の根拠を「専門家」に預け、結局、的確なコロナ対策がないまま市民に「8割削減」や「休業」を迫るだけになっている。安倍が緊急事態宣言に期待する効果は「ウイルス封じ込め」ではないということだ。まずは無症状感染者も含む感染実態を把握するために、検査体制をつくり抜本的に拡充すること。これに尽きる。
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