2020年05月22日 1625号
【コロナ禍に便乗した火事場泥棒/安倍が狙う「緊急事態」改憲/いま必要なのは生存権の保障】
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憲法記念日の5月3日、安倍晋三首相は新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえ、緊急事態条項の創設について国会で議論を進めるべきだとの考えを示した。自分の失策を棚上げし、感染拡大の原因を憲法に求めるとは…。放火魔が火事場泥棒を働くような改憲策動には一片の道理もない。
世論の受けとめは
「未曽有の危機を経験した今、緊急事態において国民の命や安全を守るために、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか。そのことを憲法にどのように位置づけるか―。極めて重く大切な課題だと、私自身改めて認識した」
安倍首相は日本会議系の改憲団体が開いたオンライン集会にビデオメッセージを寄せ、このように語った。さらに、自民党がまとめた改憲4項目の中に「緊急事態対応」があることを強調。「国会の憲法審査会の場でじっくりと議論を進めていくべき」と促した。新型コロナを利用した露骨な改憲アピールである。
会を主催した櫻井よしこは、国家を悪とする日本国憲法の精神がコロナ対策を妨げていると力説する。「私たちの国は特殊です。各国のように、強い措置を何もとれない、権利や自由を制限できない。こんなことで皆さんの命を守ることができるのか。国家を守ることができるのか」
このように、改憲勢力は今回のコロナ禍を好機と見て、緊急事態条項の創設を前面に出した改憲PRをくり広げている。では、世論の反応はどうか。
朝日新聞の調査(3/4〜4/13実施/郵送で回答)をみると、「緊急事態条項の創設」について、「憲法を改正して対応するべきだ」は31%。「いまの憲法を変えずに対応すればよい」が57%。「そもそも必要ない」は8%であった。
一方、毎日新聞の調査(4/18〜19実施)では「賛成」45%が「反対」14%を上回った。もっとも、「わからない」との回答が34%もある。世論は判断を迷っていると言えよう。
憲法に責任転嫁
「現行憲法のもとでは有効なコロナ対策が行えない」なんて馬鹿げている。このインチキを証明するために、まずは憲法と感染症対策の関係をみていこう。
日本国憲法は第25条の条文で「国民の生存権」を保障している。同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」としている。国が感染症対策を講じることは憲法上の義務なのだ。
感染拡大を防ぐためには、営業や移動の自由(22条)といった個人の権利を制限しなければならない場合がある。これが一時的かつ必要最小限の範囲で認められるのは、生存権の保障が優先されるからだ。
ただし、そのことで「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条1項)まで損なわれるようなことがあってはならない。経済的な補償を十分行うことも「国の生存権保障義務」の一環なのである。
安倍政権がコロナの感染拡大を抑えられないのは日本国憲法に縛られているからではない。憲法が保障した「平和のうちに生存する権利」(前文)をないがしろにする態度が染みついているからだ。そういう連中が緊急事態条項の創設という憲法破壊を企てているのである。
「独裁」狙う自民案
憲法学者の南野森(しげる)九州大学教授は、今回の緊急事態宣言の長期化で人びとが「緊急事態」という言葉に慣れてしまうことを懸念する(5/3朝日)。「改憲による緊急事態」と混同し、「緊急事態って大変だけど、そんなに怖くないよね」と思い込んではいけない、というわけだ。
改憲勢力が欲している緊急事態条項とは「国家緊急権」のことである。安倍首相の言う「国難」を乗り越えるために、政府に権限を集中させ、近代憲法の基本である権力分立と人権保障を停止させる措置を可能にしたいのだ。
自民党の構想(2018年3月「たたき台素案」)に即していうと、内閣は国会を通さずに法律と同じ効力を持つ政令を出すことができるようになる。制定できる政令の対象は限定されておらず、「何でもあり」の案になっている。一応、「速やかに国会の承認を求めなければならない」ことになっているが、承認を得られない場合の規定はない。これは国会が認めなくても政令の効力は失われないことを意味する。
まさに「首相への白紙委任状」ではないか。本当は「内閣独裁条項」と呼ぶべきシロモノなのだ。
感染防止にマイナス
改憲勢力は「緊急事態条項を欠く憲法は世界の非常識」(百地章(ももちあきら)・日本大学名誉教授)と触れ回っているが、これは事実に反する。たとえば、米国の憲法には明示的な国家緊急権の規定は存在しない。
憲法に緊急事態(非常事態)条項があるフランスやドイツにしても、新型コロナ対策にこれを用いているわけではない。フランス政府が出した外出禁止令は、公衆衛生法に根拠を持つデクレ(政府の命令)の形式だった。後に国会がそれを発展させる立法措置を行っている。
感染症の拡大を防ぐために首相に独裁権限を与えるなんて、非常識にも程がある。有害で危険なことは、安倍政権のコロナ対策を見れば明らかだ。安倍首相と一部官邸官僚の独断専行が、全国一斉休校要請やアベノマスクのような愚策の数々をもたらしたのだ。
いま必要なのは、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(憲法13条)を保障するための感染症対策である。火事場泥棒的改憲策動にうつつを抜かしている場合ではない。(M)
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