2020年06月12日 1628号

【#検察庁法改正案に抗議します/政権を止めたツイッターデモ/ひとりの抗議が巨大なうねりに】

 検察庁法改悪を阻止した反対世論の拡大。その原動力はツイッターデモであった。新型コロナウイルスの影響で大規模な街頭行動が制限される中、ひとりの市民のツイートが巨大なうねりとなり、政治を動かしたのだ。日本の市民運動史上、画期的な出来事の意味を考えてみたい。

「最初の1人」の思い

 「#検察庁法改正案に抗議します」とのツイッター投稿は、類似のハッシュタグ(検索目印)を含めて最終的に1千万件を超えた。俳優の小泉今日子や井浦新ら多くの芸能人が賛同したこともあり、社会的に大きな注目を集めた。

 安倍応援団のネトウヨは「#検察庁法改正案に興味ありません」のハッシュタグで対抗しようとしたが、まったくの不発。悔しまぎれに、「黒幕は芸能事務所」だの、「中国政府が操っている」といった陰謀論をまき散らしている。

 もちろん、これは事実ではない。ツイッターデモの最初の1人は「笛美(ふえみ)さん」と名乗る30代の女性会社員である。2年前から「日本で女性として生きるしんどさを感じてフェミニズムに興味を持つようになり」、ツイッターでの発信を始めたという。

 政府のコロナ対策に疑問を抱き、「初めてまともに国会を見るようになりました」と語る笛美さん。「ずっと家にいて暇だった」ので、政治について気になることを調べるようになった。そして、検察庁法改悪の動きにたどり着く。

 「民主主義レベルでヤバイことなのでは?」。いてもたってもいられなくなった彼女は、初めて自分からツイッターデモを呼びかけた。その際、気を付けたのは「政治について初めて知る人にも怖くないように、最初のハードルを下げる」こと。彼女自身、「大声を出す系のデモ」に勇気を振り絞って参加したものの、全身がこわばってしまったことがある。その経験からくる配慮だった。

 「燃えるような怒りというより、静かな意思を感じられる表現」を心掛けた笛美さん。その文面はこうだ。《1人でTwitterデモ #検察庁法改正案に抗議します 右も左も関係ありません。犯罪が正しく裁かれない国で生きていきたくありません。この法律が通ったら「正義は勝つ」なんてセリフは過去のものになり、刑事ドラマも法廷ドラマも成立しません。絶対に通さないでください。》。

 投稿は5月8日の19時40分。翌9日の夕方あたりから一気に拡散され始めた。影響力のある著名人が続々と声を上げ、ツイッターにそれほど熱心ではないライトユーザーも反応した。多様な人がつくり出したムーブメントだったのだ。

アベ政治への不満

 視点を変え、受け手の反応をみてみよう。コラムニストの和田靜香がくだんのハッシュタグに気づいたのは5月9日の夜だった。「すでに3万件以上のツイートをされてトレンド入りしていたのを見て、自分もツイートをした」という。

 「法律の中身もよく知らないで反応するのはいかがなものか」的な批判に対し、彼女はこう反論する。「政治とは私たちの生活そのものだ。今日スーパーで払った消費税10%も政治が決めたこと。六法全書を読破してなくても、私たちは政治と向き合い、選挙に行き、意見を言う権利と義務がある。(中略)そうやって語り合うことそのものこそが民主主義だ」

 安倍政権に対する「私たちの不満や怒りはコップに溢れそうだった」と和田は言う。「桜を見る会、加計森友問題、公文書改竄、それにまつわる官僚の赤木俊夫さんの自殺、などなど。そしてコロナ対応でのお肉券だのお魚券、受けられないPCR検査、検査数の不明瞭さ、補償の遅さ。あらゆる不満に政府は誠実に答えてくれない。私たちは見捨てられてるの? 私たちの命はないがしろにされるの? バカにされてる? なめられてる? その怒りがそのままツイッターで爆発した。その勢いは誰にも止められなかった」

 同じ思いでツイッターデモに加わった人は多いだろう。無能、無法、無責任の3無政権が、自分たちの悪事を隠すための法改悪を強行しようとした。人びとは「そんな暴挙は許さない」との意思をネットを使って示したのである。

連係プレイの勝利

 文芸評論家の斎藤美奈子がツイッターデモの効用を5つあげている(5/20東京新聞)。(1)野党に力を与える。SNS上で追い風が吹けば、国会での追及にも力が入る。(2)メディアに勇気を与える。政府に不都合な内容でもニュースバリューがあれば日頃はヘタレなメディアでも堂々と報道できる。(3)与党内の良識派にプレッシャーがかかる。(4)当事者を奮い立たせる(この場合の当事者は法曹人)。(5)御用言論人の欺瞞があぶり出される。

 要するに、「連携プレイの賜(★たまもの)」ということだ。ネットによって可視化され民意が国会内外の運動を勢いづけたのである。

 相澤冬樹・大阪日日新聞論説委員兼記者はこう指摘する。「これまで安倍政権を批判・反対する人たちの間では『何をやっても変わらない』という無力感もあったと思う。ところが今回、政権が強引に推し進めようとしたことを、民意の巨大なうねりが変えることができた。この経験は大きい」。小泉今日子も同様の感想をツイートした。「小さな石をたくさん投げたら山が少し動いた」と。

 情報伝達技術の発達はオンラインを活用した運動スタイルを可能にした。市民自らがメディアになり、共感を広げていくという意味では、ツイッターデモも路上での抗議行動も本質的には同じことだ。今回の勝利は、運動のあり方は一つではないことを改めて証明したのである。   (M)



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