2020年07月10日 1632号

【未来への責任(301) 国際公約違反の産業革命遺産】

 2015年ユネスコ世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭産業」(以下「明治産業革命遺産」)に含まれる軍艦島(端島〈はしま〉炭鉱)、高島炭鉱、八幡製鉄所、三井三池炭鉱、三菱長崎造船所。侵略戦争遂行の労働力不足を補うために朝鮮人・中国人・連合軍捕虜が強制労働を強いられた現場であった。

 韓国政府はユネスコ精神に反するとして登録に反対したが、「1940年代にいくつかのサイトにおいてその意思に反して連れて来られ厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと、また、第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる所存である」と日本政府が「ステートメント」を出すことにより最終的に登録が承認された。つまりユネスコ世界遺産委員会は、明治産業革命遺産が「普遍的価値」を持つには明治期の産業近代化だけでなくその後の強制労働の歴史も含んだ各遺産の「歴史全体」が説明されなければならないとしたのである。

 この「国際公約」に基づいて設置されたのが6月15日に一般公開された「産業遺産情報センター」である。ところがセンターには、日本政府が発した「ステートメント」だけが掲げられ具体的な「強制労働の歴史」を示す当事者の証言や資料は一切なく、軍艦島元島民の「強制労働はなかった」「朝鮮人差別もなかった」などの証言だけが展示されているという。

 明治産業革命遺産には、「産業遺産」でもない吉田松陰ゆかりの松下村塾が登録されている。吉田松陰は幕末期に「北は満州の地を分割し、南は台湾とルソン諸島を治め、少しずつ進取の勢いを示すべき」(『幽囚録』)と述べてアジア侵略の思想=植民地主義を唱導した中心人物である。明治産業革命遺産は朝鮮半島植民地化からアジア侵略へと向かう日本の産業基盤を支える労働力不足解消のために朝鮮人らを強制労働させた「歴史の証人」なのである。

 軍艦島の世界遺産の対象は明治期の護岸と坑口だけである。人々は島のコンクリートの廃墟を見て石炭産業と端島の歴史を学ぶ。そしてそこには朝鮮人・中国人の強制労働の歴史が刻まれている。

 都合のよい歴史だけを切抜き「負の歴史」をなかったものにしようとすることでかえって世界遺産としての価値を自ら貶(おとし)めていることに気づくことができないくらい安倍政権の歴史修正主義の根は深い。

(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田光信)

 
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