2020年07月17日 1633号

【シネマ観客席/13th  憲法修正第13条/監督・脚本 エイヴァ・デュヴァーネイ 2016年 米国 100分/制度的人種差別の実態を告発/形を変え残る奴隷制度】

 黒人への暴力と人種差別の根絶を訴える運動が世界に広がる中、あるドキュメンタリー映画に注目が集まっている。『13th 憲法修正第13条』がそれだ。廃止されたはずの奴隷制が形を変え、今も米国に残っていることを本作品は浮き彫りにしている。

憲法の「抜け穴」

 米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官に首を押さえつけられ死亡した事件をきっかけに、「Black Lives Matter(ブラック ライブズ マター)」(BLM)と呼ばれる抗議行動が続いている。直訳すれば「黒人の命は大切だ」となるが、「黒人の命を軽んずるな」と表現したほうがニュアンスが伝わると思う。

 BLM運動は米国社会に組み込まれた制度的な人種差別と不平等を是正するよう求めている。官憲の不当な暴力で黒人の命が奪われる事件が相次ぐ背景には、システム化された黒人差別があるという主張だ。

 「そんなはずはない。差別はあくまでも心の問題だ」と思われるかもしれない。それが大きな間違いであることが、『13th』を観ればよくわかる。

 タイトルの『13th』は、「奴隷及び本人の意に反する労役」を禁じた合衆国憲法修正第13条のこと。修正13条には「犯罪者を罰する場合は除く」との例外規定がある。この「憲法の抜け穴」が黒人を永遠に奴隷の地位に縛りつけておくために使われているというのが、本作品の見立てだ。

 歴史をふりかえってみよう。南北戦争終結(1865年)後、南部の経済は破綻状態にあった。その立て直しのために目を付けられたのが奴隷制から解放されたばかりの黒人だった。警察は「放浪」や「徘徊」などの微罪で黒人を逮捕し、彼ら囚人の労働によって鉄道敷設などのインフラ整備を行った。修正13条が強制労働の合法化に使われた最初の事例である。

 黒人の逮捕・投獄を正当化するために、黒人は野蛮な犯罪者というイメージが流布された。これには米国で作られた最初の長編映画『國民の創生』が大きな役割を果たした。「白人が黒人の労働力を必要とした結果、黒人男性はレイプ魔だというイメージが生まれた」のである。

政治的逮捕の横行

 1950年代から1960年代にかけて、黒人の基本的人権を要求する公民権運動が大きく前進。1964年に公民権法が制定されたことにより、法の上での人種差別は終わりを告げたはずだった。

 だが、右派政治家たちは犯罪が増えたことに着目し、「黒人に自由を与えたからだ」と言い張った。ニクソン大統領の内政担当補佐官は、薬物事犯の取り締まりを推し進めた「本当の理由」をこう語っている。

 「われわれの選挙戦には2つの敵、左翼の反戦運動家と黒人がいる。奴らをただ罰することはできないが、麻薬のイメージを巧みに結びつけて処罰してしまえば、コミュニティを破壊できる。リーダーを逮捕し、会合をつぶし、テレビで非難をくり返すんだ。“麻薬のことはでっち上げ”かって? もちろんだ」

 その後も、米国の歴代政権は「麻薬戦争」を旗印に掲げ、黒人を標的にした厳罰化法を次々に制定した。大量投獄の時代が再び到来したのである。1970年に35万人ほどだった受刑者は急激なスピードで増え続け、2014年には230万人を突破した。

 米国の人口は世界全体の5%なのに、受刑者数は世界全体の25%を占めている。そして、全米人口の6・5%にすぎない黒人男性が全受刑者の40・2%を占めている。黒人男性の3人に1人が生涯に一度は刑務所に収監される計算だ。白人男性は17人に1人だから、すさまじい差である。

大量投獄はビジネス

 このような大量投獄の背景には、一大産業と化した監獄ビジネスの存在がある。受刑者たちを様々な労役に就かせることで、多くの企業が莫大な収益を得ている。囚人労働者なら権利要求できないし、非正規雇用や途上国の労働者よりも安く使えるというわけだ。

 監獄関連企業、政治家、メディアなどによって構成された利益集団は「産獄複合体」と呼ばれる。連中はALEC(アメリカ立法交流評議会)というロビー団体を組織し、量刑の長期化などの厳罰化法案の起草と制定にかかわった。監獄ビジネスで儲けるには受刑者の「安定供給」が欠かせないからだ。

BLM運動を知る

 「憲法を確かめろ 奴隷制は今も残る 黒人は犯罪者として鎖につながれる 自由の国だが牢獄は満員」

 映画のラストに流れるラップミュージックが、米国社会における制度的人種差別の実態を鋭く告発する。奴隷制はグローバル資本主義と結合し、今も搾取のシステムとして機能し続けているのである。

 「人種問題や歴史的背景に無知のままでいては黒人と警察の関係について議論できない。数世紀にわたる歴史的経緯があるのだから、それを踏まえずには解決しない」。映画に登場する活動家や学者は口々に語る。まったくそのとおり。歴史を無視して差別の問題を語ることはできない。

 本作品は様々な人びとへのインタビューで構成されており、情報量が大変多い。しかし、音楽と映像の使い方が絶妙で、観る者を退屈させない。ヒップホップをテーマにしたドキュメンタリーからキャリアをスタートさせた監督の演出力が光っている。

 『13th』は現在、ネットフリックスの契約者以外にもユーチューブで無料公開されている。BLM運動の主張を理解する上で必見の映画といえよう。 (O)



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