2020年07月31日 1635号

【新型コロナ 大阪のワクチン開発/政治主導の危うさ/透けて見えるのは「都構想」】

 新型コロナウイルス対策の「大阪モデル」を大宣伝した大阪維新の会吉村洋文大阪府知事と松井一郎大阪市長は、ワクチン開発でひと悶着起こしている。拙速なワクチン開発には、大阪の「経済成長」を看板にした「大阪都構想」への思惑が透けて見える。

 事の発端は、4月14日にさかのぼる。吉村知事と松井市長は、大阪府・市と大阪大学、府立病院機構、大阪市民病院機構、公立学校法人大阪(大阪府立大学・市立大学・府立高専・市大医学部附属病院を傘下に置く)間のワクチン・治療薬研究開発協定締結を発表した。問題はこの後。知事は6月17日、市長は18日の定例記者会見で治験開始日を6月30日、被験者は市大医学部附属病院医療従事者と述べた。知事は「10月に400〜500の治験。来年春に実用化」との目標まで表明した。治験計画を審査する大阪市大審査委員会開催前の治験日程・被験者発表に「政治主導の前のめり」と批判が出ている。

危険な「ワンチーム」

 この開発を巡る大阪の特殊な環境を押さえたい。

 治験を実施するのは株式会社アンジェス。協定当事者のひとつ、大阪大学の森下竜一教授が設立した。吉村・松井は「大阪の医療資源・マンパワーをワンチームで」と協定締結を前面に押し出し、「大阪モデル」と合わせてヒーロー然とメディアに登場し期待感をあおってきた。協定によって、治験実施者(製薬会社)、治験実施機関(病院)、治験計画審査機関(大学)、大阪府・市(宣伝・国との交渉)は一体だ。しかも、大阪府・市は病院機構や学校法人に強い影響力を持つ。

 知事・市長の記者会見について市大関係者は「協定書は『協力する』との意思表示程度のもの。30日からやるとか、医療従事者でやるとか1行たりとも書いていない」と指摘した。だが、松井は「市大が『思いどおりにならない』と言うのなら(ワクチン開発を)やめればいい」と逆ギレした。

 その状況下での治験は大きな問題をはらんでいる。

1 被験者の選定は適切か

 治験には命にかかわる危険が伴い幾度となく事故を起こしている。治療薬では2016年、フランスで被験者1人が脳死、2人に重い後遺症をもたらした事例もある。動物実験では安全とされていた治験だ。

 だから治験などの医療研究では、被験者はリスクの十分な説明と理解の下での自主的参加が保障されなければならない(世界医師会「人を対象とする医学研究の倫理原則」及び厚生省令)。また「脆(ぜい)弱な集団・個人は特別な配慮を受けるべきである。脆弱な集団を対象とするのは、脆弱ではない集団を対象とできないときのみ」とされる(倫理原則)。

 大阪の特殊な環境下では、市大病院職員は脆弱な集団≠セ。雇用関係に縛られ、市長の恫喝と同調圧力、大阪維新応援団のメディアによって煽りに煽られた世間の期待感にさらされている。心からの自主的参加が保証できるのか。過去、日本では製薬会社が社員207人に治験を強要し肝障害を起こした事件があり、人権侵害として告発された。治験は市大病院職員以外でもできる。知事・市長の記者会見での治験対象者の名指しは正当か。

2 検査の科学性が確保されるか

 知事・市長のいう「ワンチーム」の下で、治験評価が事実にのみ基づくものになりえるか。治験関係者はすべてワクチン推進派ばかりで中立的な者はいない。まさか市大病院がデータ改ざんまですることはないだろう。だが、データ≠ゥら結論≠導き出す過程で、研究者の分析・評価≠ェ必要となる。効果や副作用の分析・評価≠ノ偏りが出る懸念はある。

3 粗雑な治験計画

 新薬の治験は、原則3段階で実施する。第1相では少数の被験者で安全性効果を、第2相はより多い被験者(100人程度)で安全性と用量、投与間隔などを探る。第3相では100〜1000人の被験者で、実際の投与場面を想定し安全性・効果を検証する。

 だが、今回のアンジェスの治験は第1相と第2相試験を兼ねる。また、倫理原則が義務付け、厚生労働のガイドラインが望ましいとする比較対照試験(注)すらも実施しない。動物実験の結果も「まとめるのに時間がかかる。小出しにすると細かい指摘や問い合わせがあり、混乱を引き起こす恐れがある」との理由で公表していない。動物実験データをまとめもせず治験に移ることは危険な人体実験≠ナはないか。外部の専門家からの「細かい指摘」に耐えられてこそ安全性を実証できるのではないのか。

 大阪大学・宮坂昌之教授(免疫学)は「安全性のデータを公表しないのは問題だ」とし「『ウサギとカメ』のカメでいいので、安全性をしっかり確認した上でいいものを作ってほしい」と注文をつけている。

 まず動物実験データを公表し詳細な検証を受け、次に第1相試験で慎重に安全性を確認した上で第2相試験に移るのが本筋だ。

維新の看板か、命か

 大阪維新の会は橋下徹前代表の時代から、大阪都構想(大阪市解体)で二重行政を解消し経済成長への投資に充てるとしてきた。医療・創薬はその成長戦略の中心に位置する。2025年大阪万博のテーマも「いのち輝く未来社会のデザイン」だ。ワクチン開発で世界に先んじ、しかも世界初のDNAワクチンともなれば、国際的に大阪の存在感を示す千載一遇のチャンスだ。秋の実施をもくろむ大阪都構想住民投票への好材料となる。政治主導のワクチン開発には、維新の思惑が透けて見えるのだ。政治の都合で人の健康・生命にかかわる薬の開発を急いではならない。

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(注)比較対照試験

 被験者を等分に分け、一方の集団には治験薬を、他方の集団へは効力のない偽薬を与え、両集団の差を評価することで効果を確かめる試験。偽薬が用意できない場合、「なにもしない」集団で比較することもある。

 FDA(米国食品医薬品局)は、新型コロナウイルスワクチン承認の指針を公表。十分な被験者に対する偽薬を使った対照試験で、ワクチン接種と偽薬の集団を比較し少なくとも発症・重症化予防効果の差が50%以上であることを実証するよう求めている。




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