2020年08月14・21日 1637号

【新型コロナウイルスワクチン/医療従事者を守るのか】

 大阪府・市が「ワンチーム」をうたい開発を急ぐ「新型コロナDNAワクチン」(以下、大阪発コロナワクチン=j。吉村洋文大阪府知事は医療従事者を感染から守る決定打のように宣伝する。いわく「防護具一つで命を守るために治療をやってらっしゃるお医者さん、重症化する方に投与することで命を守ることができると言われている」(6/17)。来春の認可をめざし、数十万人分を製造するという。だがワクチン開発は新型コロナ対策の要素の一つにすぎず、決定打になることはない。根本的対策は、医療態勢の充実だ。

感染防止狙う

 まず、感染の仕組みについて押さえよう。

 コロナウイルスは、表面にあるスパイク蛋白(たんぱく)(球体の表面にある棘のうち最も長いもの)と人の細胞表面の特定の部位(受容体)が結びつき細胞にとりつく。受容体の本来の働きは、細胞に有用な物質を取り込むことだ。だから、細胞はウイルスを有用な物質とみなして、細胞内部に招き入れる。侵入したウイルスは細胞内の材料を使って爆発的に増殖し、次の細胞へと渡っていく。

 この感染の仕組みを妨害することを狙ったものがワクチンだ。

 大阪発コロナワクチン≠ヘ、コロナウイルスのスパイク蛋白を作る種(たね)≠ニなるDNAを人に接種する。このDNAを元に体内でスパイク蛋白と同様の蛋白質が作られる。この蛋白質は人体にとっては異物だ。だから、自分を守るために異物にとりつき隔離する抗体≠ニ呼ばれる物質を出す。

 本物のコロナウイルスが体内に入った時、この抗体がスパイク蛋白の受容体にとりつく部分を覆えば、ウイルスは細胞に侵入する手がかりを失い感染できない。

 以上が、開発者が期待する大阪発コロナワクチン≠フ作用だ。

 抗体を作るためにウイルスのDNAを利用するので「DNAワクチン」と呼ばれる。






短期間しか効かず

 DNAワクチン開発者は「開発期間が短く、安価で迅速に大量生産できる。病原体を丸ごと使うはしか≠ネどの生ワクチンと違い、人体が病原体の影響を受けず、比較的安全。だが得られる抗体が少ない」と言う。

 「得られる抗体が少ない」という弱点を補うために、抗体を作る仕組みを活発にする「アジュバント」と呼ばれる物質を混ぜることが必要だ。アジュバントは、抗体生成を活発にするだけでなく、他の免疫システム(生来備わっている自然免疫)も活発にする。だから接種した人の正常な細胞まで攻撃してしまう「自己免疫疾患」の原因となりうる。薬害訴訟に発展した子宮頸(けい)がんワクチンの副作用も、アジュバントを原因とする自己免疫疾患だと指摘もある。

 DNAワクチン特有の副作用もある。DNAワクチンから抗体の標的となる蛋白質を作るのは、細胞が普段蛋白質を作っている仕組みだ。その際に、ワクチンのDNAが人のDNAに混じれば、遺伝子組み換えのようなことが起こりうる。組み換えられたDNAがそのまま増えてしまえば、がんや遺伝子疾患を引き起こすかもしれない。

 抗体の効果も怪しい。感染防止に役立たないものが作られたり、いたずらに抗体を増やすことで逆に感染を促進する場合もある。

 たとえ効果的で安全なものが作れたとしても抗体の持続期間は短い。開発者の森下竜一大阪大学教授ですら「DNAワクチンなどの新しいワクチンは、パンデミックを一時的にしのぐためのもの。恒常的に打つようなものではない。とりあえず社会生活を維持し、その間に治療薬や通常のワクチンの開発が追いついてくるためのリリーフ役でしかない」と述べている。

やってる感≠ニ成長戦略

 新型コロナ蔓延で医療従事者が不安や深刻な負担にさらされているのは事実だ。だが、その根本的原因は、マスク・防護衣などの資材不足、感染症用として設計されていない一般病棟の感染症病棟化、旧来からの慢性的人手不足だ。

 それらの根本的解決には莫大な金がかかる。長年の総医療費抑制政策と感染症対策の不備によるツケを払うところから進めなければならないからだ。

 一方ワクチンであれば、安上がりなうえ、輸出で巨大な利益が見込める。政府がワクチン開発に500億円を投入するのも、維新がワクチン開発を打ち出すのも、やってる感≠ニ経済成長につなげるためだ。

 研究者が自らの能力を役立てたいとの良心からワクチン開発を手掛けるのならともかく、功名や企業利益、政治的思惑のために安全性や効果が犠牲にされてはならない。

 治療薬は病人に使うが、ワクチンは健康な人に使う。そのワクチンが原因で健康な人が病気になったり命を落とせば本末転倒だ。1976年に米国政府が豚インフルエンザの爆発的流行に備え、大規模なワクチン接種を計画した。4000万人に接種したが、稀(まれ)な病気とされるギランバレー症候群が500件以上発生し30人が死亡し計画を中止した。

ワクチンありきではない

 ワクチンは安全第一であり、なくて済むならそれに越したことはない。

 DNAワクチンは他のワクチン開発手法と比べて新しいものだ。世に出て約30年がたつが、実用化されたものは動物対象のみ。人を対象としたものはいまだに実用化されていない。治験も含め人への接種は慎重の上に慎重を重ねねばならない。安易で拙速な開発・接種は百害あって一利なしだ。

 そもそも新型コロナウイルスそのものが研究途上であり、果たしてワクチン接種の必要性があるのかすらわかっていない。コロナ対策はワクチンありきではない。基本となる検査・疫学調査態勢、医療態勢、感染防護の資機材供給態勢の整備があってこそ、医療従事者と市民の安全が守られる。

     (7月7日)
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