2020年08月14・21日 1637号

【ALS患者嘱託殺人事件/犯行の背景に優生思想/「命の選別」に利用する維新】

 難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者に対する嘱託殺人容疑で2人の医師が逮捕された。彼らは「社会の負担となる高齢者や障がい者は安楽死させるべき」という主張を唱えていた。このおぞましい犯罪に便乗し、「安楽死」法制化の議論を促す連中がいる。「維新」の政治家たちだ。

「税金のムダ」と主張

 ALSは運動神経系に不具合が生じ、体中の筋肉を自由に動かせなくなる病気だ。発症の原因は解明されておらず、根本的な治癒が難しい「指定難病」に認定されている。

 亡くなった女性(51)は2011年ごろに発症。ヘルパーの支援を受けながら京都市内の自宅で一人暮らしを続けていたが、病状が進む中、ツイッターに「ひとときも耐えられない。安楽死させてください」などと投稿していた。

 容疑者の2人は女性の担当医ではない。SNSを通して知り合い、直接会ったのは事件当日だけという関係だ。女性の病状を継続的に把握していたわけでも、気持ちに寄り添っていたわけでもないのである。

 彼らは『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術』というタイトルの電子書籍を共著で出版していた。高齢者を病死にみせかけて始末する方法を教える、という内容だ。1人は元厚生労働省医系技官という経歴の持ち主で、高齢者や障がい者への医療は社会資源の無駄という主張をネット上でくり返していた。

 つまり今回の事件は、高齢者や障がい者を「社会のお荷物で生きるに値しない」とみなす優生思想に取りつかれた人物が、その考えを実行に移した犯行である可能性が高い。「報酬」を受け取っていることから、カネ目当ての疑いもある。「安楽死」や「尊厳死」などと呼べるようなものではないことは明らかだ。

相模原事件と共通

 生命倫理を専門とする安藤泰至(やすのり)・鳥取大医学部准教授はこう指摘する。「この医師たちは弱り切った難病患者や高齢者を生きる価値のないかわいそうな人と決めつけ、その命を絶つことを善行だと考えているように見えます。この点で、2016年にあった相模原市の障がい者施設での殺傷事件に近いのではないでしょうか」(7/27毎日・夕刊)

 相模原の事件では元施設職員が入所者19人を刃物で殺害している。彼もまた「税金を障がい者に使うのは無駄」との主張をくり返し、犯行を「国や世界のため」と正当化し続けた。

 このような考えがなぜ社会にはびこるのか。安藤准教授は新自由主義的な価値観の浸透を原因にあげる。「生きる価値を、仕事がどれだけできるかというような生産的な能力でばかり考え、…『いのち』の本質的な価値を考えることが少なくなっているためではないでしょうか」(同)

 残念ながら、今の日本は弱者切り捨てを当然視する風潮に染まっている。2007年に行われた国際世論調査によると、「自力で生活できないとても貧しい人たちを助けるのは、国や政府の責任だと思うか」という質問に、「完全に同意する」と答えた人はわずか15%。調査47か国中、もっとも少ない比率だった。

 「自己責任」論が強い影響力を持つこの国で「安楽死」が合法化されたらどうなるか。表向きには「本人の希望」でも、現実には「社会や家族に迷惑はかけられない」として死に追い込まれる人が続出することになりかねない。

 自身もALS患者である舩後(ふなご)靖彦参院議員(れいわ新選組)は、今回の事件を「安楽死」議論に結びつける安直な傾向に強い懸念を示す。「難病患者や重度障害者に『生きたい』と言いにくくさせ、当事者を生きづらくさせる社会的圧力を形成していくことを危惧する」(公式サイト)からだ。

事件に便乗する維新

 舩後議員はこうも訴えている。「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会にしていくことが、何よりも大切です。どんなに障害が重くても、重篤な病でも、自らの人生を生きたいと思える社会をつくることが、ALSの国会議員としての私の使命と確信しています」(同)

 驚いたことに、この意見にかみついた国会議員がいる。日本維新の会の馬場伸幸幹事長だ。いわく「議論の旗振り役になるべき方が議論を封じるようなコメントを出している。非常に残念だ」。維新は党内に「尊厳死を考えるプロジェクトチーム」を設置すると発表しており、舩後発言が目障りだったのだろう。

 馬場をたしなめたと報じられている松井一郎代表(大阪市長)にしても、事件が報道された当日(7/23)に「尊厳死について真正面から受け止め国会で議論しましょう」とツイッターで呼びかけている。最も前のめりになっているのは松井なのだ。

 維新がかつて共同代表に担いでいた石原慎太郎元東京都知事に至っては、ALSを「業病(ごうびょう)」(前世の悪事の報いでかかる病気という意味)と表現。「武士道の切腹の際の苦しみを救うための介錯の美徳も知らぬ検察の愚かしさに腹が立つ」とツイートし、容疑者2人を擁護した。

 一連の言動は、新自由主義の権化たる維新の本音が出たものだ。連中が大阪などで推し進めてきた緊縮政策=福祉・医療の切り捨ての根底には、「稼げないのは不要な人」として「命をの選別」を正当化する差別思想が存在する。



   *  *  *

 新型コロナウイルスの感染が広がる中、医療崩壊を心配するあまり、「治療に優先順位を設けるべき」と言う人もいる。しかし、今なすべきは、命の価値に順列を付けることではないはずだ。喫緊の課題は医療体制の整備である。安倍政権や維新の新自由主義路線と決別しなければならない。すべての命と人権を守るために。

    (M)

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