2020年09月25日 1642号

【コラム見・聞・感/菅新政権が進める「観光立国」の正体】

 新型コロナウイルスの世界的大流行ですっかり影を潜めたが、日本政府は今年春までインバウンド(訪日観光客)4千万人の実現をめざして「観光立国」政策を推進してきた。今、国土交通省の外局・観光庁そっちのけで観光政策の司令塔を担うのは首相官邸だ。2016年4月、官邸に設置された「観光戦略実行推進タスクフォース」なる会議を、菅義偉(よしひで)官房長官が取り仕切ってきた。

 この会議に提出された資料を見ると、観光業界に対する優遇税制、規制緩和などグローバル資本を喜ばせる政策が並ぶ。観光地振興や中小業者向け対策も並ぶが、一般公開されていない国立施設の開放や観光施設のWi−Fi整備など民間主体の安上がりな政策ばかりだ。大手業者だけが潤い、中小業者は置き去り。「GoTo キャンペーン」の原型がここにある。

 長年、公共交通問題に関わってきた筆者は、この政策が机上の空論であり破たんは免れないとすぐにわかった。観光地や観光業者の「振興」ばかりが取り上げられ、そこへ向かう交通手段の話が一切されていなかったからだ。

 会議発足から2年近く経った第18回「タスクフォース」(2018年2月)でようやく観光地への交通手段が議論される。だが、国交省提出の資料を見れば、鉄道局が「北海道での豪華観光列車の運行」、道路局が「レンタカーの整備」のみというお粗末さだ。北海道では多くの鉄道路線が存廃の岐路にあるのに、支えようという議論すらまったくない。どんなに立派な観光地を整備しても、たどり着けなければ意味がない。

 筆者のこの懸念は、コロナ禍を通じて別の形で証明された。製紙工場にはトイレットペーパーが山積みなのに、人手不足でトラック輸送が追いつかず、店頭で品切れが続出したのだ。生活に必要不可欠な労働者(エッセンシャルワーカー)である物流労働者を劣悪な労働環境に置いたままうわべだけを取り繕う政策は、コロナ禍の深刻化で医療労働者にも同じ犠牲を強いた。

 北海道は今、核のごみ誘致問題が浮上し、観光業界は「風評」に怯える。カジノや核のごみを地方に押しつけ、鉄道という最も重要な移動手段を見殺し。菅「観光立国」の正体だ。

      (水樹平和)
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