2020年10月02日 1643号

【新・哲学世間話(21) 大坂なおみと 人権「後進国」日本】

 テニスの全米オープン初戦、大坂なおみは、今年3月ケンタッキー州で警察の暴力的捜査の犠牲者となった黒人女性の名前を刻んだ黒マスクで登場した。彼女は、これ以降毎試合、違った犠牲者のマスクをつけて試合に臨むと宣言した。

 準々決勝のマスクには、世界中でBLM(黒人の命を軽んずるな)運動を再燃させる契機となった事件の犠牲者ジョージ・フロイドの名前が刻まれていた。決勝戦では、公園でおもちゃの銃で遊んでいて警察に撃たれ死亡した12歳の少年の名前が縫い付けられていた。

 この行動は、彼女の極めてまっとうな強い信念に基づいている。「私はアスリートである前に、一人の黒人女性です。私のテニスの試合を見てもらうことより、現下の状況で、どのような行動が必要なのかを考えた」。大会前に、大坂はSNSでそう語っている。

 当然世界中から多くの称賛の声が寄せられている。ところが、である。この面では「後進国」としか言いようのないわが国では、相変わらず旧態依然たる反応も起きている。

 「スポーツに政治を持ち込むな」あるいは「選手は競技に専念すべきで、余計なものを競技に持ち込むべきでない」。同様の批判はこれまでもアーティストや芸能人に向けられてきた。だが、「公正中立」を装いながらまっとうな言動にいちゃもんをつけ、その意義を貶(おとし)める、このような批判は政治権力者の立場を代弁しているのであり、それこそ「政治的」なのである。

 このような批判には、先のSNSが十二分に答えている。あえて付け加えれば、「政治」は、特別な人びとだけが語るのを許される特殊な事柄ではなく、すべての人間に深くかかわる社会的生活全般の「集中的表現」なのである。

 この問題に関して、わが国の「後進国」ぶりを示す驚くべき出来事が起こった。

 自民党のある参院議員が9月14日、大坂なおみの言動をたたえ、米国警察は黒人への差別を止めるよう、SNSに書き込んだ。それに、ネット右翼や自民党支持者らの非難が殺到した。いわく「国会議員として恥を知れ」「自民党を出ていけ」等々。その結果、彼女は2日後には見解撤回と謝罪に追い込まれた。

 ここには、基本的人権や社会正義に反する人種差別への抗議さえ許さない、自民党とその支持者の体質の一端が如実に表れている。

(筆者は元大学教員)
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