2020年10月16日 1645号

【学術会議の会員、菅首相が任命拒否/戦争政策への批判者を排除/人事介入でつくる独裁体制】

 日本の科学者の代表機関として国が設けている「日本学術会議」の新たな会員について、会議が推薦した候補者のうち6人の任命を菅義偉(すがよしひで)首相が拒否した。排除されたのは、戦争法や共謀罪、沖縄の新基地建設などに反対した人たちである。「政権の意に沿わない者は人事で干す」という菅流強権支配の発動だ。

違法・違憲の暴挙

 日本学術会議は日本の科学者・研究者を代表する組織。内閣府の特別機関だが、政府から独立して政策の提言などを行う。会員の選出方法は法律で定められており、同会議の推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命することになっている。

 ところが今回、候補者105人のうち6人が任命されなかった。「学問の自由」を保障した憲法上の疑義が生じる行為だが、加藤勝信官房長官は「法律上、首相の直轄であり、人事などを通じて一定の監督権を行使することは可能だ」述べ、「ただちに学問の自由の侵害にはつながらない」との認識を示した(10/1)。

 口からでまかせと言うほかない。現在の推薦方式への法改正にあたり、政府は「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない」と、くり返し答弁していた(1983年、参院文教委員会)。そのうえ「内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと」という附帯決議まで採択されているのである。

 これを崩しにかかったのが安倍政権だ。会員の定年にともなう補充人事が2016年に行われた際、候補者2人に官邸側が難色を示し、欠員が生じたままになっていた。つまり、安倍政権が始めた脱法行為を首相になった菅が全面的に実行したということだ。

学問の自由を侵害

 菅首相に任命を拒否されたのは、▽芦名定道・京都大教授(キリスト教学)▽宇野重規・東京大教授(政治学)▽岡田正則・早稲田大教授(行政法学)▽小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)▽加藤陽子・東京大教授(日本近代史)▽松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)――の6人。

 政府は拒否の理由を明らかにしていないが、6人の顔ぶれを見ると容易に想像がつく。彼らは安倍政権が押し進めてきた戦争国家づくりに反対してきた学者たちなのだ(表参照)。



 岡田教授は「安全保障関連法案の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼びかけ人の1人。沖縄・辺野古の新基地建設問題では、防衛省がとった沖縄県への法的対抗措置について「行政法の常識からみて異常」と指摘していた。

 加藤教授は「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人の1人。改憲や特定秘密保護法、共謀罪法などに反対してきた。政府の公文書管理委員会の委員も務めた。

 松宮教授は「共謀罪」法案を厳しく批判。参考人として招かれた参院法務委員会で「一般市民も含めて広く市民の内心が捜査と処罰の対象となり、市民生活の自由と安全が危機にさらされる戦後最悪の治安立法となる」と述べた。

 小沢教授も安倍政権による戦争国家づくりの悪法を国会で批判した一人。安保関連法案について「歯止めのない集団的自衛権の行使につながりかねない」と違憲性を指摘し、廃案を求めた。今回の件を受け、小沢教授は次のように語る。

 「学術の立場から意見を述べたが、これが任命拒否につながったのであれば、研究活動についての侵害であり、日本学術会議の存立自体を脅かすものだ。今回の任命拒否は官邸による人事への介入が、独立性が担保されるべき学問にまで及んだということだ。政府に都合の悪い人たちを総理大臣の意のままに排除すれば国がとんでもない方向に進んでしまう」(10/1NHKニュース)

 同感だ。学問の世界まで政権への忖度(そんたく)マンばかりになってしまったら、この国は間違いなく針路を誤ることになるだろう。

背景に軍事研究

 松宮教授は、任命拒否の背景には軍事研究をめぐる政府の不満があるのではと指摘する。「大学や学術会議は、3年前に確認したが軍事研究はやらないということを言って、(防衛省の資金提供制度に)あまり応募していない。…政府にとってみたら、軍事研究をしろと言っているのに言うことを聞かないのが学者だと思っているはず。ここが多分、本当の問題だと思う」(10/1京都新聞WEB版)

 日本学術会議は科学者が戦争に協力したことへの反省から1950年と67年に、軍事目的の研究を禁じる声明を出している。2017年には50年ぶりに軍事研究に関する声明を発表。安倍政権が大幅増額した防衛省の「安全保障技術研究推進制度」について、「政府による介入が著しく、問題が多い」と批判した。

 こうした学術会議の姿勢に、政府・自民党はイラ立っていた。甘利明・自民党税調会長は今年6月の民放番組で「世界はデュアルユース(軍民両用)で、最先端の技術はいつでも軍事転用できる」と主張。学術会議のことにも触れ「アカデミアがこれはやっちゃいけない、これはいいというのは非常に問題だ」と語っていた(10/2朝日)。

 今回の任命拒否は菅首相が得意とする「飴(アメ)と鞭(ムチ)の支配」の鞭にあたる。「政府の路線に異を唱える者はこうなる」という見せしめ効果を狙っているのだ(飴はもちろん戦争に協力する研究への予算配当)。

 上意下達に従わない官僚は左遷。戦争に反対する学者は排除。懐柔に応じないジャーナリストはいじめ倒す。そして、政府の言うことを聞かない市民は容赦なく弾圧する…。これが菅の恐怖政治である。「人柄が良さそう」なんて錯覚にすぎない。     (M)

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