2020年11月20日 1650号

【悪意に満ちた学術会議「口撃」/戦争法制定と重なる人事介入/市民と科学者の分断狙う】

 日本学術会議の会員任命拒否が明らかになってからひと月半。国会審議の中でも菅政権は理由について一切語らない。その一方で、任命拒否とはまったく無関係に学術会議を「既得権益に巣くう特権階級」と描き出そうと、悪意に満ちたウソを連発している。なぜ、デマを流してまで誹謗中傷するのか。そこには分断支配をはかる卑劣な根性が見える。

6年前から介入準備

 「学術会議自体に官房長官時代から懸念をもっていた」(11/4衆院予算委)。菅義偉(すがよしひで)首相の発言は、学術会議への人事介入は今回、突然のことではなく、前々から機会を狙っていたかのようだ。菅はいったい、いつから学術会議を目の敵にするようになったのか。経過を追ってみる。

 菅が官房長官に就いたのは第2次安倍政権発足の12年12月。2年後の14年に、学術会議の改選が行われた。この時、選考過程の説明を求められた大西隆会長(当時)は、「丁寧に聞いてくる」と感じた程度だったという。会員の任期は6年。3年ごとに半数が入れ替わる。次の改選は17年だったが、この時も官邸は推薦者をそのまま任命した。だが、名簿作成にあたり「事前調整」を求めている。そして今回6人を拒否した。菅が「事前に調整されていれば拒否は起こらなかった」と答弁していることから考えれば、14年から介入が始まったことになる。安倍政権が集団的自衛権容認の閣議決定を行った時期と重なる。

 任命拒否は定期改選の時だけではない。16年、70歳の定年に達した会員が3人出た時には、この補充メンバーのうち2人の差し替えを要求している。学術会議は応じず、結局3人欠員のまま17年の改選を迎えた。18年の欠員補充でも1人を任命拒否している。

 内閣府の学術会議事務局は、18年の任命拒否の事態に「法的根拠」の整理を急いだ。83年の中曽根答弁「形式的任命にすぎない」とは明らかに矛盾する解釈をいかに正当化するか。内閣法制局とひと月以上かけて調整した。「一貫性」を言うために持ち出したのが、憲法15条「公務員の選定、罷免は国民固有の権利」だ。

 しかしこの条文は、帝国憲法下では官吏の任免権が天皇にあったものを、現憲法で主権者国民の権利と明記したものであって、内閣総理大臣が行使できるものではない。憲法をねじ曲げるしか手はなかったが、学術会議が3度目の軍事研究反対声明(17年3月)を出したことで、本格的介入を決意したに違いない。


「安倍バカ」発言

 人事介入の目的は何か。理由を言わない菅に代わって右派ジャーナリストが語っている。「この会議の元会長が自民党政権を一貫して攻撃する政治活動家であり、安倍晋三首相に『ウソつき』とか『バカ』という侮蔑の言葉を公開の場で何度も浴びせてきた人物であることにも象徴される」。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の肩書を持つジャーナリスト古森(こもり)義久がネットニュースにそう書いた(10/11Japan In-depth)。

 問題にされたのは、法学者の廣渡(ひろわたり)清吾東大名誉教授。11年に前任会長の定年で残り任期3か月間を務めた。15年、戦争法制に反対する市民・学生とともに、デモの先頭にたった。集会では「『戦争に巻き込まれることは絶対ない』と断言するが、彼(安倍)の本心であれば、法案を理解していない『バカ』だ」と発言している。

 すでに学術会議をやめている廣渡を「公式の政治活動では必ず日本学術会議元会長という肩書を使っている」と古森は非難しながら、最後は「国民にとって貴重な国費を投入する対象の公的機関がこんな過激な政治活動家たちによって運営されてきたという現実には違和感を禁じえないのではないか」と学術会議自体に非難の矛先を向けている。

 菅が「10億円の予算を使う公的機関、国民に理解される運営を」と繰り返すフレーズと見事に同調している。今回任命された99人の中にも戦争法制に反対の立場の学者はいる。例えば劇作家でもある四国学院大学平田オリザ教授。「安全保障関連法に反対する学者の会」アピールの賛同人に名を連ねている。他にも少なくとも数人はいる。つまり6人を排除した理由はその他にもあるということだ。

 古森の言葉と合わせると、その理由は「反政府運動の活動歴」ではないかと思い至る。だからその理由を口にできないのだ。6人を選んだのは、杉田和博内閣官房副長官と北村滋国家安全保障局長の警察官僚コンビだと言われていることも納得がいく。

続々あがる抗議声明

 菅政権が狙ったのは、一部の学者を見せしめとして排除し、追随者を抑えることであった。何よりも市民との分断をはかることだった。無理にでも「既得権」をつくり、学術会議を「特権階級」としたかったのはそのためだ。任命拒否問題を扱ったNHK「クローズアップ現代+」(10月29日)は、排除された教授の講義を受けているだけで就職に不利益はないかと不安を感じる学生の受け止めを紹介した。実際、学者だけでなく指導を受けている学生にまで「非難メール」が送られているという。ネトウヨの材料となり、「抑制効果」は倍増している。

 だがその一方で、多くの団体が抗議の声明を発しているのも事実だ。「安全保障関連法に反対する学者の会」のウェブサイトには大学や学会、労働組合、文化・芸術関係、宗教者、市民の団体など1千団体近くの名前がアップされている。この広がりは、菅政権による任命拒否をひとり学術会議に限られた問題ではないとらえている証拠だ。

 検事の定年延長強行を抗議のツイートで撤回させたことは記憶に新しい。同じように、あらゆる分野から、任命拒否撤回の声を集中することが、菅の狙う分断を跳ね返す闘いになる。 

   * * *

 安倍政権は、学術会議に一度も諮問しなかった。政権の思い通りになる政策提言、追認機関が別にあるからだ。内閣府の5つの重要政策会議のひとつ、「総合科学技術・イノベーション会議」がそれだ。関係大臣の他は学術会議会長も含め8人の有識者がメンバーだ。菅にとって、真理を求める学者は必要ない。政府をサポートする「有識者」さえいればいい。

 新自由主義政策を徹底する菅は独立行政法人化された国立大学をさらに民営化することを考えている。その時、大学人の抵抗力をいかにそぐか。今回の学術会議介入はその始まりと見なければならない。

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