2020年11月20日 1650号

【どくしょ室/古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家/文春新書 本体950円+税/朝ドラ主人公は「軍歌の覇王」だった】

 NHKの連続テレビ小説『エール』が佳境を迎えている。「戦場の歌」と題した第18週は視聴者の大きな反響を呼んだ。戦地慰問でビルマにいた主人公・裕一の目の前で、恩師の藤堂先生が戦死してしまうのである。軍部の求めるままに戦意高揚の曲を書き続けてきた裕一は泣き崩れる。「僕、何も知りませんでした、ごめんなさい」

 このエピソードは史実ではない。裕一のモデルとなった作曲家の古関裕而は前線まではいかなかったし、藤堂先生は実在の人物ではない。もちろんドラマなんだから創作は有りだ。個人的にはインパール作戦に注目が集まっただけでもよかったと思う。

 しかし、ドラマと史実を混同してしまうのはよろしくない。リアルな古関裕而を知りたいあなたにお勧めの一冊が、戦争と文化芸術活動の関わりに詳しい著者が執筆した本書である。

 『エール』では軍歌というワードを徹底的に避け、「戦時歌謡」と言い換えていた。だが、古関は「戦時下最大のヒットメーカー」であり、「軍歌の覇王」とまで呼ばれていた。

 また、ドラマでは戦争のトラウマに苦しみ曲が書けなくなる描写があるが、実際には敗戦の2か月後にラジオドラマの主題歌を書いている。戦後の活動はというと、「長崎の鐘」のような鎮魂歌も作ったが、海上自衛隊歌など自衛隊関連の曲も数多く手がけた。

 本書が指摘するように、古関は政治的な主義主張をほとんど持たなかった。どんな曲でも作る多才な作曲家だった。そうした大衆文化の担い手が国策に乗り、軍需品としての音楽を大量生産した。この史実を無視してはいけない。 (O)
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