2020年11月27日 1651号

【アメリカ大統領選 トランプの敗北とバイデン辛勝の背景 右翼排外主義の根絶には民主主義的社会主義だ】

 11月3日に投票が行われた米大統領選挙は、1990年以来最高となる約67%の投票率のなか、トランプが約7343万票、バイデンが約7920万票(11月18日現在)を獲得し、バイデンが辛うじて勝利を手にした。トランプ敗北の直接的な要因は、コロナ危機下での1千万人超の感染者と24万人超の死者という世界最悪の状態を軽視し、貧弱な医療と社会保障をさらに縮小する2021年度予算計画を組んだトランプの姿勢に求められる。だが、全米の半数に近い票がトランプに流れたという事実は、コロナ危機のなかで医療と福祉、教育への公的な保障の拡大を求めるようになった市民の価値観の地殻変動に、バイデンの政策が向き合っていないことを示した。

化けの皮が剥がれたトランプ

 トランプが4年前の大統領選挙において、民主党の地盤であった中西部のラストベルト3州(ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン)で勝利したのは、産業の衰退する地域の雇用拡大を住民たちが期待したからだった。ところが、トランプは任期中に、35%から21%への法人税の減税と、民間医療保険への加入を奨励するオバマケアの縮小を実行したものの、公約に掲げていた2兆jのインフラ投資はついに実現しなかった。その結果、20年9月の失業率は、ウィスコンシンでは5・4%と低めであるものの、ペンシルベニアで8・1%、オハイオで8・4%となり、全米の7・9%を上回ったままだ。3州のすべてでトランプが敗北したのは不思議ではない。「岩盤」と形容されたトランプの支持層は、意外に脆(もろ)いものだった。



 トランプが本年2月に発表した21会計年度の予算教書は、軍事費を3%増額して約7400億jとする一方で、低所得者向けの医療扶助制度(メディケイド)と食糧配給券のための支出を今後10年間で2900億j減らすこと(30%の削減)を打ち出していた。それはどう見ても、富裕な「1%」のための予算計画だった。また、警察官による黒人男性の連続殺害をきっかけに全米に広がったBLM(黒人の命をないがしろにするな)運動に、「法と秩序を乱すもの」とレッテルを張り、米軍の投入による弾圧さえ口にしたトランプの選挙戦術は、彼の再選にかえって不利に働いた。米軍の投入に対しては、ブッシュ政権時代のパウエル元国務長官やトランプ政権のマティス元国防長官が非難をしたにとどまらず、現役のエスパー国防長官ですら反対を表明した(エスパーは大統領選後の11月9日に解任された)。

 ツイッターで「フェイク(虚報)」をたれ流し続けてきたトランプの化けの皮は剥がれ落ちた。大企業と富裕層の利害しか眼中になく、命と暮らしを顧みない彼の本性は、共和党支持者のあいだですら明らかになっていた。バイデンの辛勝は敵失によるものである。

コロナ危機で起きた地殻変動

 今回の選挙結果を受け、朝日新聞の沢村米国総局長は、バイデンが勝ったにしても「『トランプ』を生んだ土壌まで消えるわけではない。第2、第3の『トランプ』が現れるかもしれない」(11/10朝日)と記した。この評価は、全米の半分に近い票をトランプが得たことをふまえるなら、真実の半面を語っている。だが、沢村の評価は、トランプ政権の4年間とコロナ危機とを受けて米国市民の価値観に生じた重大な変化を見落としている。

 ニューヨークタイムズ紙などが大統領選前の20年10月半ばに実施し、全米の有権者987人から回答を得た世論調査によれば、コロナ危機対策として失業保険給付を増額・延長し、個人への現金給付と州・自治体への支援を実施するために連邦が新たに2兆jを支出するという選択肢について、賛成の回答が72%にのぼり、賛成は共和党支持者においてすら56%に達した。そして、オバマケアに関しては賛成が55%にとどまり反対が40%となっているのに比し、バイデンが選挙公約に掲げた連邦政府管理の公的医療保険に市民の一部が任意で加入するという制度案に対しては賛成が67%にのぼり、賛成の比率は共和党支持者でも45%となった。再生可能エネルギー等に2兆jを投資するバイデンの計画についても、66%が賛成している(反対は26%)。

 米国市民の多数派は、コロナ危機を経て、新自由主義を疑問視し、政府による公的な生活保障を求めるようになった。トランプを生んだ土壌は地殻変動を起こしている。

当選引き寄せたDSAの政策提言

 バイデンは民主党内での予備選で、サンダースが主張してきたメディケア・フォー・オール(全市民が加入する単一の公的医療保険)の導入を拒絶し、オバマケアの拡充を掲げた。しかし、予備選におけるサンダースの善戦を受け、バイデンは大統領選における自らの政策担当チームにサンダースを加えざるをえなくなった。こうして出てきたのが、公的医療保険への任意加入というバイデンの先述の選挙公約である。結局、コロナ危機が起きたあとの世論調査では、バイデンが唱えたオバマケアの改革よりも公的医療保険のほうに支持が集まったのだ。再生可能エネルギー等への大規模な投資というバイデンの公約も、サンダース陣営からの圧力の産物である。

 しかし、バイデンはサンダースらの提案を薄めて中途半端な公約を掲げたがゆえに、彼の勝利は僅差によるものとなった。公立大学の完全無償化というサンダースの提案はバイデンによって、低所得世帯の学生のみ無償化するという公約へ切り詰められた。バイデンは、米国市民がいだく価値観の地殻変動を見逃したまま、「中道」を売り物にするというありふれた選挙戦術をとることしかできなかった。既成の保守主義、自由主義、社会民主主義(米国で言えば民主党の主流派)がいずれも、新自由主義を実行に移してきたせいで市民の拒絶反応に遭っているにもかかわらず、バイデンはそれらとは根本的に異なる選択肢を打ち出すことができなかったのだ。

 逆の言い方をするなら、サンダースによるメディケア・フォー・オール等の政策提言とそれを支えるアメリカ民主主義的社会主義者(DSA)らの草の根運動がもしなかったとすれば、オバマケアの拡充等の生ぬるい政策しか掲げていなかったバイデンの当選などありえなかっただろう。

 米大統領選の結果は、トランプの大統領選出と時期を同じくして世界中に拡がった右翼排外主義を根絶するための政策構想が民主主義的社会主義以外にないことを示した。民主主義的社会主義は多数派となりうるのである。

 
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