2020年11月27日 1651号

【非国民がやってきた!(343)私の中の植民地主義(9)】

 鵜飼哲(一橋大学名誉教授)は哲学・フランス現代思想研究者で、主著に『償いのアルケオロジー』(河出書房新社)『抵抗への招待』(みすず書房)『応答する力――来るべき言葉たちへ』(青土社)『主権のかなたで』(岩波書店)『ジャッキー・デリダの墓』(みすず書房)があります。

 80年代にフランスに留学しジャック・デリダに師事したことから、『他の岬』『恋する虜――パレスチナへの旅』『盲者の記憶――自画像およびその他の廃墟』『友愛のポリティックス』『精神分析の抵抗』『ならず者たち』『シャティーラの四時間』などデリダの著書を数多く翻訳したことでも知られます。

 鵜飼は哲学の窓から現実政治・社会・経済を鋭く分析し、行動する学者として多くの社会運動を牽引してきました。日本軍性奴隷制(「慰安婦」)問題をはじめとする戦後補償・戦争責任・歴史認識問題、すなわち植民地主義批判の先陣を切り拓くとともに、死刑廃止運動、反差別運動、反戦平和運動、反資本主義・反ネオリベ・反グローバリゼーション運動の現場で鵜飼の姿を見ることができました。最近では「原発を問う民衆法廷」判事団の一員であり、一方で反東京オリンピック運動の理論的主柱として活躍しています。

 私の個人的な体験では、全共闘が去った後の砂漠化した大学で学問と運動をいかにつなげるか、非常に困難な課題を引き受けざるを得なかった世代に属します。全共闘世代はつねに「世代」として語られますが、ポスト全共闘世代は理念や目標を共有する訳ではなく、理論も思想も雑多であり、いまだに何者であるのか不明のままの<世代>です。<世代体験を共有しない世代>とさえ言えるほどです。

 90年代以後ずっと、『インパクション』をはじめとする雑誌論文・対談における鵜飼のシャープな発言は漂流する世代の注目の的になりました。高橋哲哉(東京大学教授)と一緒に取り組んだ映画『SHOAH(ショアー)』上映運動や、近年のヘイト・スピーチと闘う反差別と反レイシズム運動における鵜飼の存在は私たちの羅針盤でした。

 鵜飼哲の最新刊『テロルはどこから到来したか』(インパクト出版会)は「テロ」を論じるにあたって、その現象や影響を取り上げるだけでなく、世界史的文脈に位置づけます。

 「戦後民主主義」のもっとも良質の思想と言うべき谷川雁や石牟礼道子の言説を通じて「天皇制と日本民衆という古典的トポス」を再発見し、天皇制とキリスト教の癒着を浮き彫りにする鵜飼は、ジャック・デリダの「世界ラテン化」――キリスト教的な「世界」概念の世界化に接合します。世界ラテン化過程に取り込まれつつ激しく抵抗するイスラーム世界、すなわち西欧近代啓蒙による「コロニアル・インパクト」。啓蒙的理想への裏切りとしての植民地主義がイスラーム世界の統合的構造に亀裂を生み出します。亀裂の拡大過程が現在、私たちの眼前にある「テロ」問題なのです。
MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS