2020年12月18日 1654号

【菅政権/成長戦略会議/アトキンソンの主張とは/「最低賃金引き上げ」で中小企業の淘汰促進/「生産性向上」は大企業支配の強化】

 「時給『1千円ぽっち』払えない企業は潰れていい」(東洋経済オンライン19年7月5日)。こんな極論を唱えている人物が菅政権の成長戦略会議に起用された。元金融アナリストのデービッド・アトキンソンだ。

 成長戦略会議は経済財政諮問会議の示す基本方針を具体化するためのもので、年内に中間とりまとめ、来年6月頃に最終案を示すという。すでに3回の会議が開かれ、アトキンソンは積極的に持論を展開している。

なぜ賃金が上がらない

 アトキンソンの言い分はこうだ。「小さい企業は経営者の質が低いため、生産性が低く、高い賃金が払えなかったり、成長もできない企業が少なくありません」(『日本企業の勝算』東洋経済新報社)。「中小企業に無駄な雇用が多い」「小規模事業者が邪魔な存在」とまで言い切る。中小企業の淘汰・再編によって生産性を高めること、それが成長戦略というのだ。

 アトキンソンがいう生産性とは国民一人当たりのGDP。GDP=生産性×人口とも書ける。人口減少が続く日本は、生産性をあげない限りGDP低下は避けられないという理屈だ。

 GDPは国内で新たに生み出された付加価値のことであり、付加価値は賃金と企業利益に分配される。実は「従業員1人当たり付加価値」(法人企業統計)は2012年度以降増加している。小企業も大企業ほどではないものの伸びている。生産性が上がっているのに、賃金は大企業も中小企業も上がっていない。なぜか。

 一つの手がかりとして、雇用の変化を見てみる。この間、「小企業から大中企業への就業者の移動があり、また、新しく非正規になった人が大中企業に雇われた」(ダイヤモンド・オンライン19年12月5日)との分析がある。中小企業の労働者は正規であっても低賃金で働いている。大中企業に移ることができても非正規としてさらに賃金が下がり、雇用も不安定になるという仕組みだ。これが賃金引き下げ圧力となっているのだ。

 労働者の増やした付加価値は、賃金にではなく、ほとんど企業利益に分配された。大企業の内部留保が急増しているのはそのためだ。

 「最低賃金を上げることはあくまで手段」というアトキンソン。冒頭に引いた発言の意味するところは明らかだ。中小企業の正規労働者を非正規の低賃金労働者として大企業が吸収し、大企業の儲けを増やそうということなのだ。


中小企業保護を攻撃

 アトキンソンが本当に問題にしたいのは「低賃金」ではなく、「中小企業経営者は中小企業基本法で手厚く保護され、規模拡大や生産性向上の努力をしない」ことだ。その意を受けるかのように、すでに政府は企業の合併・買収などを促す税制など中小企業基本法改正の検討を始めた。

 だが、「中小企業が手厚い保護を受けている」と言うのは言いがかりだ。むしろ、中小企業は大企業に利益を奪われている。

 中小企業の取引実態を調査した公正取引委員会は11月27日、大企業が中小企業の技術や知的財産を不当に搾取するといった事例をあげ、「優越的地位の乱用」(独占禁止法違反)の恐れを指摘した。調査に応じた創業10年以内の中小企業1400社余の約17%が取引先の大企業や出資者から不当な行為を受けたことがあると回答したという。明らかになったのは氷山の一角に過ぎない。アトキンソンはこうした大企業による中小企業支配、下請け使い捨て構造を問わない。

 菅政権にとって、「最賃引き上げ」で中小企業が倒産しようが、「コロナ」で倒産しようが、再雇用を求める労働者を生み出せることに変わりはない。コロナから中小企業を守ろうとしないのはそのためだ。

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 言うまでもないが、「最賃引上げ」、それも「全国一律1500円」は当然の要求だ。賃金の最低額を保障することは、最低賃金法に定める「労働条件の改善を図り、もって、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与する」ためでもある。

 では中小企業の倒産には目をつぶるのか。そうではない。中小企業への支援策は必要だ。生コン業界のように、中小企業が大企業と対等に取引ができる協同事業組合化や資本増強などの施策だ。そして今、緊急に必要とされるのは、コロナ倒産を出さないための給付や実質上返済の必要がない融資なのだ。  
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