2021年01月15日 1657号

【〈読書室特集〉菅政権のデジタル化戦略/超絶監視が民主主義を殺す/商品化され支配される個人】

 菅政権が看板政策に掲げる「デジタル改革」。菅義偉首相は「ウィズコロナ、ポストコロナの新しい社会をつくる」と強調する。膨大な個人情報を国家や巨大企業が収集し、分析・管理する「デジタル監視社会」。それは新たな形態の全体主義にほかならない。

 政府は12月25日、「デジタル改革」の基本方針を閣議決定した。今年9月1日に発足するデジタル庁に「強力な総合調整機能」を持たせて国の情報システムや地方共通のデジタル基盤を整備し、病院や学校、民間企業などのデジタル化支援を進めていくという。

 その鍵となるのはマイナンバーカードの普及だ。政府は22年度中に全国民が保有するとの目標を掲げており、カードと健康保険証の一体化を今年3月に始める。24年度末までに運転免許証との一体化を目指す実行計画も策定した。

 平井卓也デジタル改革担当相は「デジタルテクノロジーが人を幸せにする。デジタルは楽しい。デジタルは日本の成長につながる」とPRする。歯が浮くような言葉の裏には、やはりどす黒い意図がある。

 政府の狙いはあらゆる個人情報を収集し、個人の識別番号であるマイナンバーにひもづけ管理することにある。マイナンバーカードにクレジットカードや銀行口座、各種ポイントカード、健康保険証などの機能を付けることを検討しているのはこのためだ。

 しかも、セキュリティー強化のためと称して、生体データと組み合わせた本人確認技術を導入する計画を進めている。これは政府が全国民の指紋・顔・虹彩などのデータを収集・保有することを意味する。

 日本の全省庁が利用するIT基盤「政府共通プラットフォーム」は、アマゾン社のクラウド・コンピューティング・サービスを使っている。つまり、ありとあらゆる個人情報がアマゾンのサーバーに吸い上げられれる事態が現実のものになりかねないのである。

監視資本主義の時代

 ここまで分かれば、「それってヤバくね?」と感じ始めたのではないか。より詳しく知るために、格好の入門書を紹介したい。タイトルはずはり『やばいデジタル “現実(リアル)”が飲み込まれる日』(1)だ。

 本書では、スマホの履歴情報を解析することで、住所や家族構成、趣味や異性関係まで、あらゆるプライバシーを丸裸にしてしまう驚きの実験が紹介されている。現在の個人情報だけではなく、未来の行動を予測することもできる。

 グーグルやフェイスブックなどの巨大IT企業は、このマイクロターゲティング技術を広告配信に使い、莫大な収益を上げている。「私たち自身」のデータが商品になる―。米ハーバード・ビジネススクールのショシャナ・ズボフ名誉教授が定義した「監視資本主義」の時代だ。

「従順な国民」に誘導

 「プライバシーが握られるといっても広告の配信ぐらいなら気にしない」という人もいるだろう。しかし、個人の意識・行動が国家や巨大企業の意のままに操られるとしたら…。

 この点で大いに参考になるのが、昨年の新書大賞第6位に輝いた『幸福な監視国家・中国』(2)である。本書はデジタル監視社会化が進む中国の現実を多角的に掘り下げ、日本が今後直面する問題であることを明らかにしている。

 中国ではインターネットサービスを運営する企業に、政府機関への情報提供が法律で義務付けられている。だから、当局が問題視する発言がネットに書き込まれた場合、発信者の身元はすぐに特定される。顔認証などの個人識別機能を組み込んだ監視カメラ網も全国規模で張り巡らされており、民主化を求める活動家の拘束や少数民族の弾圧に用いられている。

 このような統治テクノロジーの本丸を担っているのが「社会信用システム」である。AI(人工知能)が様々なデータからその人の「社会的信用度」を評価し、点数を付ける制度だ。点数が低い者には様々な制限(補助金申請や融資の拒否など)が課される。

 人びとは「社会信用度」を上げることに躍起になり、中国政府が望ましいとする行動を自ら選択するようになっていく。政府批判などもってのほかだ。こうした自発的服従により「お行儀のいい社会」が形成されていくというわけだ。

 現代中国のようなハイテク監視社会は一党独裁国家の専売特許ではないと、著者はくり返し強調している。「功利主義を主要な価値観として内在させているような社会、すなわち資本主義社会であれば、どこでも起きうること」だと。

操られる「民意」

 実際、米国や欧州ではデジタル技術による「民意」の操作が起きている。2016年の米大統領選挙がいい例だ。フェイスブックが保有する大量の個人データがトランプ陣営に「流出」し、有権者の特性に細かく合わせたSNS広告に使われたのだ。対立候補の支持層を棄権するように仕向ける「投票抑制作戦」も展開された(3)(4)。

 この実態を内部告発したデータアナリストは、日本の憲法「改正」の動きに触れ、こう述べる。「アメリカやイギリス、その他多くの国で他国が選挙に介入しているのを見ると、日本で国民投票が実施された時に何が起きるのか、その懸念は火を見るよりも明らかです」(5)

 他国の干渉以前の問題として、改憲勢力は大がかりな世論誘導を仕掛けてくるだろう。ビッグデータがそれに使われない保証は何もないのである。

 ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは、「デジタル全体主義」が世界を飲み込もうとしており、コロナ禍がそれを加速させていると警鐘を鳴らす。政府や巨大企業がPRするデジタル化の「利便性」は私たちを自発的服従に誘う撒き餌なのだ。     (M)

【参考書籍】

(1)やばいデジタル 〜“現実(リアル)”が飲み込まれる日
 NHKスペシャル取材班著 講談社現代新書 本体860円+税

(2)幸せな監視国家・中国
 梶谷懐 高口康太著 NHK出版新書 本体850円+税

(3)操られる民主主義 〜デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか
 ジェイミー・バートレット著 秋山勝訳 草思社文庫 本体950円+税

(4)マインドハッキング
 クリストファー・ワイリー著  牧野洋訳 新潮社 本体2100円+税

(5)AIvs.民主主義 〜高度化する世論操作の真相
 NHK取材班著 NHK出版新書 本体850円+税

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