2021年01月29日 1659号

【日本に賠償命じた「慰安婦」判決/主権免除による補償逃れを否定/人権回復優先の歴史的意義】

 韓国・ソウル中央地裁は1月8日、旧日本軍の戦時性暴力被害者の訴えを認め、日本政府に損害賠償を命じる判決を言い渡した。争点だった国際法上の主権免除原則については、反人道権的犯罪行為に対しては適用できないとした。戦後補償運動が切り拓いた画期的な司法判断である。

 菅義偉首相は8日、判決について「断じて受け入れることはできない」と強く反発した。「国際法上、主権国家は他国の裁判権には服さない。これは決まりですから」。茂木敏充外相も「到底考えられない異常事態が発生した」と述べ、韓国外相に抗議した。

 日本のメディアも批判一色に染まっており、こうした言論空間に身を置いていると「韓国司法が国際法を無視した暴走をまたやらかした」と思ってしまう。しかし、今回の判決は決して「反日暴挙」などではない。国家の論理に同調するのではなく、市民の目線で判決と向き合うべきだ。

強行規範に違反

 裁判について確認しておこう。日本政府に損害賠償を求めていたのは、日本軍「慰安婦」被害者とその遺族12人。2013年に民事調停をソウル中央地裁に申し立てたが、日本政府が応じず、16年に提訴した。

 その後も、日本政府は裁判書類を受け取らないなど裁判への参加を一貫して拒んできた。国家には他国の裁判権は及ばないとする国際法上の「主権免除」原則を掲げ、訴訟自体の不当性をアピールする作戦をとってきたのである。

 だが、判決は「慰安婦問題は日本帝国による反人道的犯罪行為であり、国際法上の強行規範に違反したもの。よって主権免除を適用することは例外的にできない」と判示した。「主権免除理論は主権国家を尊重する意味を持つもので、強行規範に違反し他国の個人に大きな損害を負わせた国家に賠償や補償逃れの機会を与えるためのものではない」というわけだ。

 判決が根拠にした強行規範(ユス・コーゲンス)とは国際法上の概念で、「いかなる逸脱も許されない規範」のこと。強行規範に抵触する条約は無効とされる(条約法に関するウィーン条約第53条)。具体例としては、侵略、ジェノサイド、人道に対する罪、奴隷制度、拷問などが挙げられる。

 判決は「慰安婦」制度の実態が戦時性奴隷制であることを踏まえ、こうした行為に主権免除は適用されず、韓国の裁判所に裁判権があるとした。さらに韓国憲法を根拠に、被害者の「裁判を受ける権利」を認めた。「権利救済の実効性が保証されなければ、憲法上の裁判請求権を空虚なものにしてしまう」からだ。

イタリアの判例に続く

 判決は主権免除理論について「恒久的で固定的な価値ではなく、国際秩序の変動に従い継続して修正されている」と指摘する。その実例として、判決も言及しているイタリアの判例をみてみよう。第2次大戦末期、ナチスドイツに強制労働をさせられたイタリア人男性がドイツ政府に損害賠償を求めた訴訟だ。

 2004年にイタリア最高裁は「国際犯罪には主権免除は適用されない」とし、ドイツ政府に賠償を命じた。これを不服としたドイツ政府は「国際法上の義務に違反している」と国際司法裁判所(ICJ)に提訴。12年にドイツ側が勝訴した。

 ところが2年後の2014年、イタリアの憲法裁判所は「主権免除の国際慣習法はイタリアの憲法秩序の基本的価値を侵害する」として、ICJ判決を違憲とした。個人の人権回復に重きを置いた司法判断だが、その延長線上に今回の「慰安婦」裁判判決がある。

 原告側の代理人団長を務める李相姫(イサンヒ)弁護士はこう述べている。「イタリアが揺らした『主権免除』の原則に、今回の韓国な判決が決定的なダメ押しを加えることになる」と。(ソウル在住のジャーナリスト・徐台教(ソデギョ)の配信記事。1/14ヤフーニュース)。

戦争抑止の意義

 李相姫弁護士は「国家の暴力」と闘う数々の裁判の弁護活動に携わってきた。「慰安婦」問題には「国家暴力を量産する制度とシステムに対し、人類がどうやって責任を負うべきか」という観点から取り組んできたと語る。

 この点において、今回の判決を画期的なものと評価する。「重大な人権侵害についてはどんな国家にも免罪符を与えることができないという、国際法の原理が形成されることになる。この点で重要だった」

 たしかに、主権免除理論盾にした補償拒否は成り立たないとなれば、国家は容易に戦争をできなくなるだろう。戦争被害者の訴えの根底には「二度と戦争をしてはならない」との願いがある。その思いに応える意味でも、この判決には歴史的な意義がある。 (M)

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