2021年02月26日 1663号

【原発事故の精神的被害 高いPTSDのリスク 福島在住の精神科医が警鐘】

 原発事故によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)のリスクは他の災害に比較して極めて高い。さらに、原発や放射能について語れない状況は、かえって恐怖記憶を長期に保存しリスクを高める。この問題は原発賠償訴訟でも重要な論点の一つだ。1月31日に都内で開かれた講演会(避難の協同センター主催)で、精神科医の蟻塚亮二さんは10年を迎える原発事故の精神的被害に警鐘を鳴らした。

心身を傷つける避難生活

 蟻塚医師は、2004年から勤務していた沖縄の病院で、今も沖縄戦体験に苦しむPTSD患者を診察してきた。原発事故後には福島・相馬市に移住しメンタルクリニックを開業。PTSDだけでなく、ストレスによる身体表現性障害、解離性障害、パニック障害、うつ、子どもの適応障害など症状の広がりを診てきた。

 蟻塚医師は19年、浪江町津島地区の避難者500人を対象にうつ・不安障害の程度を数値として示す精神健康調査(K6調査)を実施した。13点以上となる“重度の疑い”は県内避難者の26・6%、県外避難者の43・2%に上った。「雲仙普賢岳災害では避難回数が4回を超えると不安・不眠が悪化するとの調査結果がある。東日本大震災で宮城・岩手は平均2・7回、福島は3・36回。福島の震災関連死195名の平均が6・7回であったことは、避難生活がいかに心身に過酷かを示す。避難回数が増える県外避難者の精神的健康が悪化している」

政府方針でストレス増大

 蟻塚医師が引用する早稲田大学辻内琢也准教授らはPTSDの程度を測る調査を行ってきたが、25点以上のPTSDハイリスク群は福島で48・5%と高かった。「阪神淡路大震災は約10%、新潟中越地震は約20%。沖縄戦の体験者の60年後のリスクは39%だから、原発事故避難民は戦争避難民と同じだ。被害者の苦労、問題点は共通点が多くあると思うのでヨーロッパの難民研究をもっと研究すべきだ」と語った。

 辻内教授らは13年に県内避難745世帯、埼玉・東京への避難499世帯にアンケートし、「戻ってもよいと思われる放射線水準」を尋ねている。「震災発生前の線量」がそれぞれ37・2%、48・9%。「年1_シーベルト」が28・6%、20・8%で、「年20_シーベルト」を挙げたのはわずか6・3%、2・4%だった。約65〜70%の世帯が、年1_シーベルト以下を帰還の目安としており、その後年20_以下で避難指示を次々と解除してきた政府方針が、いかに避難者のストレス増大の役割を果たしたのかわかる。

 15年に福島県が行った年調査では、「後年にがんなど健康障がいが起きる」が32・8%世帯、「次世代以降に健康障がいが起きる」は37・6%の世帯に上った。蟻塚医師は「放射能被害を口にすると変人扱いにされるのではと、なかなか語らないが、こころの底ではたいていの人が不安感を持っている」と指摘した。

 政府や県は「こころのケア」に予算をつぎ込むが、それは“放射能被害にびくびくしているとかえってストレスがたまるから、うまく忘れるようにしよう”が基本スタンスだ。精神保健専門団体でも根底に低線量被ばく・内部被ばくへの無理解があり、“放射能に気を使う方がストレス源になる”との立場でこころの相談に対応している実態だ。

不安と正面から向き合う

 蟻塚さんは「人災は天災とは違い、被害者と加害者がいて怒りや憎悪の感情が持続する。解決に時間がかかりトラウマが深刻化する。特に今回の原発事故では、『あいまいな喪失』(家はあるのに帰れない)、コミュニティの喪失や分断があり、先が見えない感覚が持続している。不安は自己防衛本能だから、持たなければならない。不安を持つなと言うのはだめ」と語る。

 若者の自死数は18年は福島県が全国1位。児童虐待も増え、11年と比べて16年には全国が2・05倍だが福島では3・69倍になった。先行きが見えないことから来る精神の不安定が増えていることを示している。「(原発事故と放射能についての)箝口(かんこう)令はかえってトラウマを生む。『悲しむ』ことは未来を開く力だ」と、正面から向き合うことの大切さを訴えた。

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