2021年03月12日 1665号

【被爆国でなぜ原発事故が…/山内若菜展 はじまりのはじまり 埼玉・丸木美術館/命の尊さが試されている】

 埼玉県東松山市の「原爆の図 丸木美術館」で画家・山内若菜さんの個展「はじまりのはじまり」が開催中だ(4月10日まで)。福島原発事故から10年の節目、核兵器禁止条約の1月発効、そしてコロナ禍のこの機に、改めて“命の尊さ”を問いかける。

忘れないよう描く

 美術館の建物に入り奥へ進むと、『唇はつぼみ』のシリーズ作品が並ぶ。原爆で家族を失い、「うちは誰も死んどらんけん、人に言うたらだめよ」と言い残し父親も自死したという長崎の少女を描いた。

 「少女は今は口をつぼみにしてるが、いつかは誰かに伝わる、人を信じている目を持つ少女にしたい。福島でも『言えない』現実がある。でも時代や場所をこえ、私の福島の牧場での体験、この少女の体験を受け止めてくれるかもしれない」。そう希望を信じ、少女の頭からヤマユリが美しく強い花を咲かせるモチーフにした。

 山内若菜さんは、武蔵野美術大学を卒業してからの15年間、印刷会社で働きながら好きな絵を毎日のように描いてきた。しかし、過酷な労働環境でこき使われ疲れ果てて心身ともにぼろぼろに。そんな時、東日本大震災・原発事故が起き、福島県飯舘(いいたて)村や浪江町の牧場を訪れる機会が生まれた。流産する馬、牛がガクガク震えて死ぬ、墓地に死骸があふれたさまを目の当たりにした。細川牧場の牧場主細川徳栄さんや娘の美和さんが泣き崩れ、希望の牧場の吉澤正巳さんのやる気が失せていく姿を見て、自分の姿と重ねた。

 「忘れないように描こう」と、悲惨な実態から目をそむけることなく福島に通った。若菜さんが尊敬する丸木位里(いり)・俊(とし)夫妻の『原爆の図』に影響されたかのようなモノトーンの作品は、2016年に丸木美術館で展示の運びとなった。

希望を表す一条の光

 小作品が続き、その先に大きな絵画が目に飛び込んでくる。向かって左に6bの和紙に描かれた山、右には海と福島の美しい自然が配置されている。

 正面左には広島の作品『刻(とき)の川 揺(ゆれる)』。原爆ドームそばの夜の揺れる川や、イサム・ノグチがデザインした橋「逝く」から、鬼火と刻の光を発見し描いた。右には福島の作品『牧場 放(はなつ)』が並ぶ。被ばくの実態に筆を重ね自然と人との共存のすばらしさを、色を放ち、死を放ち、怒りを放って表現した。

 対に並べて「原爆が落ちた国で、なぜ、原発事故が起きたのだろう」と問いかける。和紙に墨や絵具を重ねて描かれた作品は凹凸が生じ立体感あふれる。

 これらの絵からは悲惨さ≠ヘ感じられない。転機は、牧場の作品が芸術鑑賞授業の展示作品として全国の中学校を回った時だった。「ペガサス(背中に羽の生えた馬、不死の象徴)なんて見えない」「(絵が)暗くて希望は見えない」。忌憚(きたん)のない中学生の声に見方を変えられた。

 和紙の上に墨や絵具を多層的に塗り重ね、布で画面を拭き取ったり洗い流したり、紙やすりで削り取る作業も。牧場絵巻にたくさんの命が見えるように加筆し、原作は日々変化を遂げた。ある作品は、小さな穴が空いてそこから光が差し込む。希望を表す一条の光だった。若菜さんの作品にはしばしば小さな光が描かれる。事実を受け入れた上でその中から光を放つ。それは牛の反芻(はんすう)にも似た消化=昇華のプロセスだ。

小さき者に大きな力

 若菜さんの行動範囲は広がった。沖縄では辺野古でおじい、おばあに出会い、ヤンバルクイナにも出会った。「沖縄でも『言えなくさせられている』ところが、福島と同じだと思った。小さき者、弱き者に大きな力があることを伝えたい」

 徴用工問題などで嫌韓があおられる中「排外主義で敵を作って、嫌いにさせられているのが悔しかった」と、日韓の人がハグする絵に韓日友好と書いて一人、地元神奈川の駅前に立った。声をかけてくれる人もいて、絵の力を借りながら一人からでも行動してきた。若者の済州島(チェジュド)ツアーに参加し、そこでも絵を掲げて団体ハグが生まれ、一体感が得られたという。

 コロナ禍で来館者数は望めない。都心ではなく交通不便な場での今回の展示。「命の尊さが試されているコロナ禍だからこそ、開く意味が大きい。絵描きとしての私の原点の丸木美術館だからこそ、新たなはじまりをはじめられる」

 今後は、福島と広島の2部作に長崎を加えて3部作を完成させ、全国各地の美術館巡りを構想している。新潟・水俣公害の取材に挑戦するという。

 細川牧場の美和さんは現在南相馬市に自分の牧場を持ちながら実家の飯舘村に通う。これも希望の光の一つだ。その美和さんを取材して絵本にした『ウマとオラのマキバ』を販売する。

 学校での芸術鑑賞や講演会の取り組みも続ける。「作品から動物への思いやりや想像力も他者の痛みも分かる若い感性が、これからの希望の光です」

■会場 原爆の図 丸木美術館(埼玉県東松山市下唐子1401)最寄駅は東武東上線「森林公園駅」車で10分
■開催日時 4月10日までの月曜休館日を除く午前9時〜午後5時 若菜さんの来館は基本、土・日
■入館料 一般900円 丸木夫妻の作品が常設





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