2021年03月19日 1666号

【読書室/ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録/片山夏子著 朝日新聞出版 本体1700円+税/孤塁 双葉郡消防士たちの3・11/吉田千亜著 岩波書店 本体1800円+税/現場の声が示す「原発は無理」】

 「未来像が、なんとなく明るい未来が見えてきているような」。菅義偉首相は3月6日、東京電力福島第一原子力発電所が立地する福島県大熊町を訪れ、こう語った。しかし政府の「復興」アピールとは裏腹に、原発事故は終わっていない。今回取り上げる2冊は「現場」からの告発である。

 2020年の「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」には、片山夏子著『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)と、吉田千亜著『孤塁 双葉郡消防士たちの 3・11』(岩波書店)が選ばれた。

 2冊とも福島原発事故を題材にした作品だが、それ以外にも共通点がある。徹底して「現場」にこだわる姿勢だ。ジャーナリストの青木理(おさむ)が評するように、証言という「小文字」を積み重ねて紡ぐルポルタージュの基本である。

使い捨ての作業員

 『ふくしま原発作業員日誌』は、被ばくの危険と闘いながら収束作業にあたる労働者の記録である。彼らは最前線で命にかかわる作業に従事しながら、都合よく使い捨てられる弱い立場に置かれていた。

 リョウさんは地元出身の作業員。勤めていた工場が倒産した後、30歳を過ぎてから福島第一の下請け企業に転職した。震災前は家族7人で暮らしていたが、避難してバラバラに。祖母は一度も故郷に帰ることができないまま亡くなった。

 いずれ家族で福島に帰りたい。その時には仕事が必要だ―。震災から半年後、リョウさんは福島第一の現場に戻った。「人が行きたがらない場所で、自分なりに頑張ってきた」という彼は、使命感と誇りを持って仕事をしてきた。

 だが、被ばく線量が上限を超えた途端、あっさり解雇された。「社長にそれ以上は管理できないから明日去ってくれと言われました。使うだけ使ってクビです」。リョウさんは「俺の存在は線量だけなのか」と力なくつぶやいた。

 核燃料取り出しのための基礎工事に関わったチハルさん。福島第一を離れた後、東京オリンピック関連の建設現場で働いていた。五輪優先の現状には強い違和感があるという。「今一番やらなくてはならないのは、福島の事故収束だと思う。パンを食えないと理想は語れないけど、今この国はあまりにもパンを食べることばかりで…」

 近年、福島第一には「トヨタ式」のコストダウン策が導入され、労働者待遇は悪化した。危険手当の額は下がり、食堂の食事もまずくなったという。被ばくで健康被害が生じても、労災が認められなければ治療費も生活費も出ない。

 ベテランの作業員が去る一方、寄せ集めの「素人」が明らかに増えた。資格を持たない者が汚染水タンクの溶接を任された事例もある。日本全体にまん延する使い捨て労働が原発事故収束の現場にも及んでいるのだ。安全性軽視が何をもたらすのかを想像すると、背筋が寒くなる。

 「作業員の補償の見直しや働き続けられる雇用条件を整えなければ、廃炉はままならない」という著者の主張には説得力がある。

消防士の苦悩と葛藤

 3・11は地震と津波、そして原発事故の複合災害だった。住民の救助活動や避難誘導、さらには原発構内での給水活動や火災対応にもあたった福島県双葉消防本部の消防士たち。地元消防の苦難と葛藤が初めて語られる『孤塁』は、著者の丹念な取材が光る。

 消防士たちは地震発生直後から救助活動に奔走していた。被災した自分の家族のことを気にかけつつ、自らも大津波に巻き込まれそうになりながら。その最中に「原子力災害発生」の一報がもたらされた。

 原発事故は「起きない」はずだった。消防士たちが受けた研修や訓練でも「事故は絶対に起きないから大丈夫」と説明されてきた。よって、次々に生じた「想定外」の出来事に振り回されることになった。

 たとえば、通信の途絶である。情報が全く入らなかったのだ。1号機が爆発したことも、消防署自体が避難・移転したことも知らずに、救急搬送に駆け回っていた消防士がいる。彼らは平常の救急服で活動していたため、大量の放射線を浴びてしまった。

 東電からは原子炉の冷却要請が来た。法律には規定のない任務だ。だけど地域は守りたい。緊急会議は紛糾した。「行きたくありません。家族が大事です」「業務命令なら行くしかない。その代わり家族を一生面倒みてください」

 そんな中、「4号機で火災発生」の通報が届いた。火事なら消防士の仕事だ。6隊21名の出動が決まった。雪が降る中、敬礼する職員の間を車両が1台ずつ出ていく。ある消防士は「きっと特攻隊はこうだったのだろう」と思ったという。

同じ思いをさせたくない

 津波に襲われた地域で捜索活動が始まったのは震災から1か月後のことだった。消防士たちは「本当にごめんね」と話しかけながら遺体を収容した。原発事故がなければ、救助活動を続けられ、もっと多くの命を救えたはずだ…。

 「こういう思いを、二度と、誰にもさせたくない。人間がコントロールできないものは、作ってはいけないと思います」。これは2019年3月に定年退職した職員の言葉である。過酷な状況で孤塁を守り続けた消防士たち。彼らに共通する思いは「忘れないでほしい」だと著者は言う。

 しかし、菅政権はそうした声を一顧だにせず、脱炭素を口実に「原発復権」を画策している。メディアの表層的な報道姿勢も「集団忘却」を助長している。だからこそ、2冊の本がすくいとった「現場の声」が貴重なのだ。

 原子力発電はあまりに危険であり、未来のための選択肢ではない。このことを読み取りたい。  (M)





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