2021年04月02日 1668号

【菅政権が狙う「デジタル改革」/資本主義の生き残り戦略/監視と誘導、操られる個人】

 菅義偉首相が看板政策に掲げる「デジタル改革」の関連法案が衆議院で審議されている。だが、重要法案の割には人びとの関心は低く、反対運動が盛り上がっているとも言い難い。政府が実現をめざす「デジタル社会」とは何か。どのような問題があるのか。

誰のための法案か

 「デジタル庁が司令塔となり、世界に遜色のないデジタル社会を実現したい」。菅首相は3月9日の衆院本会議で「デジタル改革関連法案」の趣旨説明をこう行いました。関連法案は6つあり、内容はきわめて広範に渡ります。ざっと説明すると以下のとおりです。

 ▽今後2年間でマイナンバーカードをほぼ全国民に取得させる▽健康保険証や運転免許証をデジタル化する▽預貯金口座とマイナンバーカードのひも付けを促進▽国・地方自治体の情報システムを一元化▽個人情報保護制度の見直し(政府が定める緩い基準で一本化)、などなど。

 要するに、あらゆる分野の個人情報をデジタル網に乗せ、つなげることによって、行政の効率化や民間のビジネス活動に利活用するというわけです。内閣官房幹部は「生活に必要な全ての手続きすべてがスマホで完結する社会」をつくると豪語しています。

 ここで注意したいのは、菅首相が言う「デジタル社会」の主役は巨大IT企業を中心としたグローバル資本だということです。事実、経済界は今回の法案を自分たちの要請にかなうものだと評価しています。端的に規定するなら、彼らは「デジタル改革」を資本主義の生き残り戦略と位置付けているのです。

 目指すのは、ビッグデータから消費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げる仕組みの確立―。米ハーバード大学ビジネス・スクールのショシャナ・ズボフ名誉教授が名付けた「監視資本主義」の徹底です。


私たち自身が商品

 彼女は東京新聞のインタビュー(2019年6月13日付)でこう述べています。「監視資本主義とは、ウェブ検索や閲覧、交流サイトの投稿など個人のインターネット上での表現を収集して分析し、将来の行動を先読みすることで、収益につなげる新たなタイプの資本主義を指します」

 まさにグーグルやフェイスブックなどのビジネスモデルです。インターネットにアクセスすると「あなたはこれが欲しいのでは」と言わんばかりの広告が表示されますよね。このようなマイクロターゲティングが可能になるのは、検索履歴などの情報から、利用者の関心事や趣味・嗜好を推定しているからです。

 いま世界経済は供給過剰に陥っています。黙っていてはモノは売れません。各企業は消費者のニーズを予測したり、購買意欲を直接刺激することに血眼になっています。だから大量の個人情報を握る巨大IT企業に広告費など巨額のカネを払っているのです。

 「産業資本主義では自然界の素材が商品に変えられました。監視資本主義が素材として求めるのは、人間自身なのです」(ズボフ名誉教授)。個人情報=私たち自身が商品だということです。検索サイトやアプリなどのサービスを使うことで個人情報という「富の素」を吸い取られている。「搾取」の新形態と言っても過言ではありません。

すでに人心操作が

 「企業がボロ儲けなのはわかるけどさ、ユーザーの俺たちも便利なんだから別に構わない」と言う人も多いでしょう。デジタル化という新たな監視技術のおかげで得られる社会的利益は確かにあります。効率や利便性は一般に「敵」とは認識されません。

 しかし、監視資本主義には恐るべき罠が潜んでいます。権力者や企業が個人の行動を操り、社会を都合よくコントロールすることです。個人の自己決定権を脅かすのですから、それは民主主義の基盤を破壊することにほかなりません。

 すでに、ターゲティング広告の技術を政治目的に応用した事件が起きています。2016年の米大統領選挙おいて、トランプ陣営に雇われた選挙コンサルタント会社が不正に入手した個人情報を使い、トランプを勝たせるための人心操作を行っていたのです。

 その手口は巧妙かつ悪質でした。フェイスブックのユーザーに性格診断のアプリをダウンロードさせ、回答した者と友人の個人情報を収集。個々の政治信条や関心事を解析し、それに響くようなネット広告を送りつけたのです(棄権に誘導する場合もありました)。

 不正を内部告発したデータアナリストが指摘するように、日本の改憲策動で同じことが行われても不思議ではありません。

 市民の行動監視にも最新のデジタル技術が絶大な威力を発揮することは言うまでもありません。中国政府によるウイグル族の弾圧が典型です。スマホにスパイウェアアプリをインストールさせたり、健康診断を通して生体情報を収集し、監視や拘束に用いています。

 香港警察が通信会社に提供させたデータをデモ参加者の捜査・逮捕に使っているのも有名ですね。当局の監視から逃れるために「デジタル断ち」をする人もいますが、日常生活に支障をきたすため限界があります。デジタル社会の監視網から逃れることは不可能に近いということです。

情報の自己決定権を

 独ボン大学のマルクス・ガブリエル教授は「デジタル化による『新しい全体主義』が台頭しており、コロナ禍がそれを加速させている」と警鐘を鳴らしています。しかも個人情報を自発的に提供することに市民が慣れてしまっている、と。

 だからこそ、個人情報の蓄積・管理・利用の範囲を市民自らがコントロールできるような仕組みをつくり、政府や企業に守らせる必要があるのです(情報の自己決定権)。EUではこの観点にもとづく規制強化を行ってきています。

 菅政権がやろうとしているのは真逆の動きです。今回の法案をみても、「国際競争力」がやたらと強調される一方、個人情報保護はないがしろ。こんな危険なものを絶対に通しちゃいけません。     (M)

MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS