2021年04月09日 1669号

【超監視社会招く「デジタル改革」/プロファイリングという選別/「従順な国民」に誘導される】

 菅義偉首相の肝いり政策である「デジタル改革」。その関連法案を政府・与党は4月中旬にも成立させようとしている。政府が狙う個人情報の一元化管理は、この国を超監視社会=デジタル全体主義へと導くものだ。事態の緊急性に鑑(かんが)み、再び徹底解説する。

LINE事件の本質

 無料通信アプリ「LINE」利用者の個人情報が、管理を委託された中国企業から閲覧できるようになっていたことが発覚しました。LINE社は「不正アクセスや情報漏洩はない」と強調していますが、政府や自治体がLINEを使ったサービスを一時停止するなど影響が拡大しています。

 なぜ「国家安全保障上の重大懸念」とまで言われるのか。中国政府は国家情報法(2017年施行)にもとづき、あらゆる組織・個人に諜報活動への協力を義務づけています。民間企業も対象です。つまり、LINE利用者の名前、電話番号、メールアドレス、写真、メッセージ、IDなどが中国政府に筒抜けだったおそれがあるのです。

 このように、デジタル化には個人情報の大量流出の危険性が付きまといます。しかし今回の一件を「漏れたら怖い」の観点だけで語ることはできません。エドワード・スノーデン元CIA局員が喝破したように、そもそもLINEのような企業は「ソーシャルネットワークの名のもとに活動する監視機関」だからです。

 現代の資本主義は生き残り戦略として新たなビジネスモデルを構築しました。膨大な個人情報を収集し、消費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げる仕組み―。前号で取り上げた監視資本主義と言われるものです。

 グーグルを例にとると、インターネットの閲覧履歴や検索履歴、通信履歴、キャッシュレス決済の利用履歴などから、その人の興味や関心、交友関係、趣味や嗜好などがわかりますよね。消費者のニーズを正確に知りたい、あるいは作り出したい企業にとっては喉から手が出るほどほしい情報です。これを売ってグーグルは儲けているのです。

 IT企業が提供する便利なサービスや楽しいゲームは個人情報を得るための「撒き餌」です。私たちがグーグルを検索していると思っていたら、実はグーグルの方が私たちを検索していた、ということです。

無断利用の合法化

 菅政権の言う「デジタル改革」の狙いは監視資本主義の促進です。国会で審議中の「デジタル改革関連法案」は法律面での環境整備なのです(「デジタル監視法案」と呼んだ方がわかりやすいでしょう)。

 その核心には法案検討の際に提唱されていた「データ共同利用権」という概念があります。「相当な公益性」があれば、本人の同意がなくても、個人情報の提供・利用を権利として認めるというものです。具体例として、本人同意を得ずに医療データを活用する取り組みが挙がっていました。

 このように、デジタル監視法案には「個人情報の無断収集および無断利用の合法化」という欲望が埋め込まれています。官民が保有している個人情報をマイナンバーで紐づけ、さらには法律の制限を極力なくし、存分に利活用できるようにしたいのです。

 そうすれば、プロファイリングの精度を上げることができます。様々な個人情報を集めて分析し、対象者の人物像を描き出すことをプロファイリングと言います。AIなどの先端技術を用いて、その人物の将来予測やリスク評価ができるようにしたいのです。特定の目的に沿った分類やランク付けをし、誘導や制限を行うということです。


中国でいま何が

 「それって何が悪いの。今と変わらないのでは」と思われるかもしれません。そんな方に知ってほしいのが、「デジタル帝国化」が進む中国の現実です。

 電子商取引大手のアリババ・グループが提供する信用スコアサービスが中国国内では広く普及しています。これは個人の属性に関する基本情報(年齢、学歴、職歴など)や行動履歴、交友関係などをAIに分析させ、その人の信用度を点数化するシステムです。

 高得点者には金融機関から融資枠が広がるなどの優遇措置があります、逆に点数が低ければ、融資を拒否されたり、行政サービスから排除されることもあります。就職や結婚にも大きな影響があるそうです。

 また、中国最大のSNSである微博(ウェイボー)が提供する信用スコアにはとんでもない仕組みがあります。「愛国的書き込み」をしたり、「不適切発言」を見つけて通報すれば、下がったスコアを回復できるというのです。これはもう、利用者自身による言論統制の奨励じゃないですか。

 中国政府は公的分野にも信用スコアを導入しようとしており、一部の都市では住民の信用度を点数化する取り組みが試行されています。すべての人びとが政府に常時監視され評価される社会が現実のものになろうとしているのです。

 中国ではゲーム感覚でスコアを上げることに熱中している人が多いそうですが、スコアの評価基準を決めているのは政府であり、巨大企業です。点数を上げたければ、政府や企業にに批判的と見られてはなりません。意見表明はもちろん、あらゆる選択の場面で監視の目が気になります。

 かくして人びとは「従順な国民」へと誘導されていきます。おとなしく従っていたほうがメリットがあるので、みんな自発的に従うというわけです。

悪法の成立阻止を

 これは中国特有の現象ではありません。日本でもプロファイリングによる人権侵害事件が起きています。リクルートキャリア社が同社の転職サイトに登録した学生のウェブ検索履歴を勝手に抽出。内定辞退の可能性を数値化し、その情報を企業に売っていたのです。

 個人情報は私たち自身のものです。勝手に蓄積・分析され、評価に使われてはなりません。情報の自己決定権は基本的人権なのです。審議中のデジタル監視法案はこれと真逆の考えに貫かれています。デジタル全体主義を招く悪法を成立させてはなりません。 (M)

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