2021年05月28日 1675号

【改憲へ 火事場泥棒 菅・自民/コロナをチャンスとみる外道/緊急事態条項は独裁への道】

 新型コロナウイルス感染症が広がる中、「憲法改正で緊急事態に備えよ」という改憲論が再浮上している。自民党の下村政調会長などは「コロナのピンチをチャンスに変えるべきだ」と言い放った。要するに「火事場泥棒のチャンス到来」とみているということだ。

憲法に責任転嫁

 「コロナへの対応を受けて、緊急事態への備えに対する関心が高まっている。そのことを憲法にどのように位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」。菅義偉首相は5月3日、日本会議系の団体が開催した改憲集会に、このようなビデオメッセージを寄せた。

 同集会には「ポスト菅」を狙う下村博文・自民党政調会長も参加。「コロナのピンチを逆にチャンスに変えるように政治が動かねばならない」と、コロナ禍を改憲推進に利用する意図をより明確に述べた。

 大勢の人が病に苦しんだり、命を落としたり、収入を失ったりしている状況を「チャンス」と捉えるとは、政治家以前に人として終わっている。しかし、自民党や日本維新の会の中には、コロナ禍を改憲ムード盛り上げのチャンスとみる者がウヨウヨいる。

 連中の言い分はこうだ。いわく“諸外国のような強力かつ迅速なコロナ対策をわが国が出来ないのは、強力な私権制限を可能にする有事の規定、すなわち緊急事態条項が日本国憲法にないからだ”。

 寝言は寝て言えというほかない。日本政府がロックダウン(都市封鎖)のような措置をとらないのは、憲法上の規定がないからではない。経済活動を停止させたくないからである。「自助」第一の菅は、事業継続や雇用維持のための休業補償を行うのが嫌なのだ。

 東京五輪・パラリンピックの開催に固執していることも背景にある。北海道への緊急事態宣言の適用を渋ったのは、明らかに、マラソン競技のテスト大会(5/5札幌市)を予定どおり実施するためであった。

 今日の新型コロナウイルス感染拡大と医療危機は政府の失政によるものだ。自分たちが招いたピンチを憲法のせいにするなんて、子どもだまし以下のペテンといえよう。

支持世論増の理由

 しかし、世論への影響は軽視できない。共同通信が5月1日に公表した世論調査では、新型コロナなどの感染症や大規模災害に対応するために緊急事態条項を新設する憲法改正が「必要だ」と答えた人が57%にのぼり、「必要ない」42%を上回った。

 コロナ禍収束の兆しが見えないことに人びとは焦っている。だから「今のような緊急事態宣言は効き目がない。より厳しい対策をとれるようにするためなら改憲も有り」という発想が増えているのだろう。

 錯覚してはいけない。特措法上の緊急事態宣言と憲法の緊急事態条項はまったく別のものだ。菅政権が狙っているのは、国家の緊急事態に際して首相に事実上の白紙委任状を与える「内閣独裁条項」というべきシロモノなのである。

首相へ白紙委任状

 自民党が2018年3月に発表した「改憲四項目」には次のような緊急事態の規定が盛り込まれている。「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる(新73条の2第1項)」

 端的に言うと、内閣だけで法律と同一の効力を持つ政令(独立命令)を制定できるようにする案だ。大日本帝国憲法が定めていた緊急勅令(第8条第1項)の復活案と言ってよい。

 憲法にもとづいて政治を行う立憲主義を止め、政府に権限を集中させるわけだから、権力暴走の危険がつきまとう。これを防ぐには濫用の歯止めを十分にかけておかねばならないが、自民党案には見当たらない。

 まず、独立命令を制定できる対象に制限がない。どんな法律でも作ることができるし、改変することができる。しかも国会の承認が得られなかったときの効果が定められていない(新73条の2第2項)。

 手続きを厳格にしたり、段階を踏ませたり、期間を制限するといった規定もない。そもそも、緊急事態であるかどうかは政府の判断に委ねられている。国会や裁判所等の承認は必要ないのである。

 かつてヒトラーは当時のドイツ憲法が定めていた大統領緊急措置権、すなわち緊急事態条項を濫用して独裁への道を開いた。麻生太郎副総理が8年前に公言したように、自民党は「ナチスの手口」の学んで日本国憲法を破壊しようとしているのである。

「生存権」を保障せよ

 「自由への権利は医療を受ける権利を含んでいる。私たちは病を得ている時には自由ではない。そして苦痛にあえぐ時、あるいはこれからかかる病気を心配する時、支配者たちは私たちの苦しみにつけこみ、嘘をつき、私たちの他の自由をも剥奪してしまうのだ」

 米国の歴史学者であるティモシー・スナイダーは、著書『アメリカの病』(慶應義塾大学出版会)の中で、コロナ禍における民主主義の危機をこのように描写した。この指摘は日本にもそのままあてはまる。

 コロナによって生活の手段を奪われ困窮する人びと。必要な治療を受けられない人びと。今の日本は憲法が保障した「生存権」が守られているとはとても言えない。政府は憲法上の義務を放棄している。そんな連中がコロナ便乗改憲を画策しているのだ。まさに、積極的火事場泥棒(放火しておいて盗みを働く)の所業というほかない。  (M)



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