2021年06月18日 1678号

【ワクチン接種なら何でもあり/医療支援せずともワクチン接種は全集中=z

 菅政権はその命運をワクチン接種とオリンピック強行に託している。医療現場や市民生活への支援策は、手抜きのままだ。菅のばくちに命を預けるわけにはいかない。

 全国で新型コロナワクチン接種が進められている。菅義偉首相の頭にはワクチン接種しかない。首相官邸で接種率全国1位の和歌山県仁坂吉伸知事と面談した菅は「よくやってくれてありがとう。全国の励みになる」と手放しで歓迎した。和歌山県が新型コロナウイルス感染症発生当時から、PCR検査と患者の保護・隔離政策を積み上げてきたことには目もくれなかったにもかかわらずである。

自衛隊派遣は「外来診療」

 東京・大阪では5月24日に自治体とは別に政府が自衛隊を動員し運営する大規模接種センターが接種を開始した。

 これには疑問がある。

 菅首相は1月「自衛隊の医療チームがいつでも投入することができるように、万全の体制を整えております」と全国各地の医療逼迫(ひっぱく)に対応するかのような記者会見をしていた。

 自衛隊は、医官(医師)・看護官(看護師)各1000人、準看護官(准看護師)1800人を擁する。普段は、全国16か所の自衛隊病院と各駐屯地で診療に当たっている。

 昨年4月から今年の5月22日まで、自衛隊は35都道府県で新型コロナ感染防止として121回出動している。だが医療者の派遣は極めて少ない。派遣業務で一番多いのが教育支援72回、次に患者輸送32回と続く。医療者が必要な医療支援、検体採取支援は各3回のみ。それも期間は2週間弱だ。「災害派遣」名目だから知事からの要請が必要だとはいえ、全く少なく、1月の菅会見以降は実施されていない。自衛隊の医療者は自院での診療以外、新型コロナの医療支援はほとんどといっていいほど関わっていない。

 ワクチン接種では医官80人(東京50人、大阪30人)、看護官・準看護官(同130人、70人)、民間看護師(非正規)200人(同110人、90人)が配置され、一日あたり東京1万人、大阪5000人に接種する。使用するのはモデルナのワクチンで、2回の接種を要し、1回目と2回目の間隔は4週間となっている。最短でも2か月の長丁場だ。東京都・大阪府だけでなく周辺府県在住者へも対象を広げているから、実際にはもっと伸びるだろう。

 重症者・死者が次々と出ている医療現場への支援は行わず、自らが頼むワクチン接種には官邸の鶴の一声で自衛隊の医療者を動員し、非正規の看護師をかき集める。ワクチン接種とオリンピック強行に政権延命を託す菅の自衛隊政治利用だ。

 自衛隊側にもメリットがある。大規模接種センターの計画を耳にした自衛隊幹部は「自衛隊の貢献が目に見える」と同調。「これまでにない重要なミッションで、各医官の士気も高い」と対特殊武器衛生隊隊長は語っている。

 個々の医療者としての思いは別にして、自衛隊にとってこれは作戦行動の一環だ。対特殊武器衛生隊は生物兵器攻撃に対処するために組織された部隊。短期間・大量のワクチン接種は、バイオテロや派兵先での細菌戦の訓練にもなる。ICUやECMO(エクモ)管理は戦地で役には立たないが、ワクチン接種の経験は役に立つ。自衛隊の本質は軍事組織であることを忘れてはならない。政権と自衛隊の利害は一致している。

 では、今回の自衛隊派遣の法的根拠は何か。知事からの要請に基づく支援ではないので「災害派遣」ではない。ひねり出したのは「自衛隊病院の外来診療の延長」というとんでもない理由付けで、なし崩し的な任務拡大だ。


政権自ら脱法行為

 菅の法逸脱は大規模接種センター自衛隊派遣だけではない。ワクチンの「打ち手」確保の手法も同様だ。

 大規模接種会場で自衛隊が募集した看護師200人は、派遣労働者だ。東京の人材派遣会社・キャリアが7億6000万円で落札した。看護師1人あたり380万円だ。同社は時給2100円で募集している。看護師の派遣労働は4月1日から僻地(へきち)の医療機関について解禁された。併せて、社会福祉施設へは日雇い派遣も解禁した。これを踏まえ、厚労省はワクチン接種会場の看護師確保策で改めて「僻地では派遣労働も可能であること」「僻地ではない自治体では、直接雇用を都道府県ナースセンターと早めに相談すること」「民間職業紹介事業者の活用も検討すること」を通知している。東京・大阪会場は僻地ではないにも関わらず、防衛省は看護師の派遣労働者を募集している。法的根拠が不明なまま、事実だけが先行しているのではないか。

 医師法も顧みない。同法は医師の医学的判断・技術によってなされる、人体に危害を及ぼす恐れのある行為≠「医行為」と呼び医師以外に禁じている。医師と医師を補助する看護師・准看護師以外の者が医行為を行うと医師法違反のみならず傷害罪にも問われかねない。

 だが、菅は歯科治療に限られている歯科医にも特例としてワクチン接種を可能とし、救命救急士、臨床検査技師、薬剤師までその対象を広げようとしている。法改正するわけではなく「違法性の阻却(そきゃく)」でしのごうとしている。「違法性の阻却」の例は「法令による行為」(医師の手術など)や「正当防衛」、「緊急避難」だ。これらは、たとえ殺人罪、過失致死傷罪、暴行罪、傷害罪、不法侵入に該当する行為でも「特別な事情」を汲んで正当な行為とみなす。あくまでも刑法上の例外規定であり、何でもかんでも持ち出せば良いものではない。

 特に、歯科医師は日常的に麻酔注射はしているが、他の職種は違う。

 救命救急士はいわゆる「点滴」は許されているが筋肉注射は許されていない。臨床検査技師が針を刺すのは採血のみ。薬剤師に至っては、人体に触れない衛生検査技師の資格どまりだ。当然、筋肉注射のトレーニングは受けていない。医療関係の法規は患者の生命・健康を守るためにある。ワクチン接種という政策目的のためにないがしろにしていい道理はない。

 菅は自衛隊派遣の「外来診療の延長」、看護師派遣労働の条件付き解禁、「打ち手確保」の医師法等逸脱の正当化と、法改定を経ずに特例を乱発する。憲法に緊急事態条項を書き込んだかのような振る舞いだ。

 一般論としてワクチンは公衆衛生政策上重要なツールだ。だが、ワクチンのみに傾倒するのは健康被害のリスクも含めて危険であり、他の感染防止策とのバランスが必要だ。まして、今回扱うワクチンは「特例承認」で、現在の大規模接種は臨床試験の延長≠ナある。慎重に慎重を重ねなければならない。


政権維持の道具にするな

 メディアは、菅のワクチン政策とセットで、接種が進む欧米諸国やイスラエルの街角の様子を映し出す。ハグをし、バカンスや飲食を楽しむ映像は「自粛生活」を強いられてきた市民に「ワクチン接種で自由になれる」と錯覚させる。

 だが、現在のワクチンは感染抑止効果の科学的根拠はない。感染者や死者の減少がワクチンによるものなのか、ロックダウンによるものか、ウイルスの自然衰退か、別の要因かの検証もこれからだ。新型コロナに関する論文は大量に公開されているが、世界の研究者の検証を経るのには時間がかかる。ウイルスやその変異株、ワクチン、治療方法、予防対策の真実はまだまだ定まらない。

 ワクチンをオリンピックや政権維持の道具とするようなことは許されない。
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