2021年07月02日 1680号

【未来への責任(325)明治産業革命遺産を問う(下)】

 5月22日、強制動員真相究明ネットワークが主催した「明治産業革命遺産の展示を問う!」シンポジウムは、日本政府の歴史修正主義の誤りを浮き彫りにした。

 POW(Prisoner of War=戦争捕虜)研究会の笹本妙子さんは、太平洋戦争時の連合軍捕虜の九州での強制労働について、当時の写真とともに収容所別の捕虜の処遇の詳細な実態報告を行った。

 日本軍は30万人余の連合軍捕虜のうち約3万6千人を国内の約130か所に収容した。敗戦までに3500人が死亡し、九州では23か所(うち炭鉱が12か所)収容人員1万411人中、死者は1204人だった。福岡俘虜収容所第3分所(日本製鉄八幡製鉄所)では「飢えて食べ物を盗んだ捕虜が長時間殴る蹴るの暴行を受けた上営倉に7日間入れられその間わずかな米と水だけの食事」といった処遇のもと、国内の収容所最大の158人の死者を出した。

 福岡第14 分所(三菱長崎造船所)では113人が亡くなり、原爆による8人の死者も含まれていた。オランダの捕虜遺族が今年5月、原爆資料館近くの公園の一角に追悼碑を建立し、三菱重工にも協力を求めたが会社は手紙の受け取りさえ拒否した。福岡第17 分所(大牟田・三井三池炭鉱)はピーク時には国内最大の1800人以上を収容。138人の死者を出した。劣悪な環境の下、坑内事故で9人が死亡。営倉内での餓死者、逃亡を図り刺殺された捕虜もいた。過酷な労働に耐えきれず「自傷」する捕虜が3分の1に及んだという。坑内で裸の作業などできるはずがないとの端島元島民の証言があるが、坑内で裸で作業している捕虜の写真も示された。

 ユネスコ韓国委員会の全鎮晟(チョンジンソン)さんは7月開催の第44回世界遺産委員会に向けて取り組むべき方向性を示した。世界遺産委員会の勧告を無視して日本政府が約束を守らなかったことを取り上げ、当事者間の対話の促進を勧告させなければならない、と。そして強制労働を朝鮮人に対する「徴用政策」に矮小化する日本政府の主張に対し、当事者とは朝鮮人のみならず中国人、連合軍捕虜(英、米、オランダ、オーストラリアなど)と多国間にわたることを強調した。また「産業遺産情報センター」が行っている予約制、観覧者・写真撮影の制限は、自由なアクセスの保障を通して世界遺産への理解を深めようとするユネスコ精神にも反していると指摘した。

 シンポジウム終了後、アメリカの捕虜団体ADBC(全米バターン・コレヒドール防衛兵の会)がユネスコに捕虜の強制労働の記載を求める書簡を送っていたことがわかった。国際的な包囲網で7月のユネスコ世界遺産委員会において日本政府の歴史修正主義を改めさせなければならない。

(強制動員真相究明ネットワーク・中田光信)

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