2021年07月09日 1681号

【読書室特集/オリンピック反対の論理/五輪は資本主義の化け物/社会主義の実践としての反五輪】

 IOC(国際オリンピック委員会)が「オリンピックの日」と位置付ける6月23日、東京五輪開催に反対するデモが都内で行われた。次期開催都市のパリや次々回のロサンゼルスの人びとなどと連帯した世界同時行動だ。今なぜ反五輪運動が世界で広がりを見せているのか。その論理を読み解く。

祝賀資本主義を撃つ

 反オリンピックの論客と言えば、米パシフィック大学のジュールズ・ボイコフ教授(政治学)である。1970年生まれ。バルセロナ五輪のサッカー米国代表選手だった。プロ・チームのメンバーとして来日し、Jリーグのチームと対戦したこともある。

 ボイコフ教授は「今日のオリンピックは資本主義の化け物だ」と指摘。ジャーナリストのナオミ・クラインが言う「惨事便乗型資本主義」から着想を得た「祝賀資本主義」という概念を用いて、オリンピック批判を展開している。



 惨事便乗型資本主義とは、戦争や自然災害などがもたらした社会的ショック状態の隙をついて、市場原理主義的な制度改変を一気に進めることを指す(ショック・ドクトリンとも言う)。祝賀資本主義も祝祭ムードがつくり出す例外状態に乗じて進行するという点では似た現象だ。

 祝賀資本主義の特徴は、公共部門が積極的な役割を果たし、その巨大な支出に支えられて大資本が大きな利益を得る構図になっていることにある。税金を吸い上げ、グローバル企業や一部の特権階級に流すシステムなのだ。

 そして、祝賀資本主義と惨事便乗型資本主義は互いに補完し合う関係にある。たとえば、オリンピックによって都市の財政が危機に瀕し、緊縮財政・民間委託が加速するというように。まさに、東京や日本の未来予想図ではないか。

DSA支部が牽引

 そのボイコフ教授の近著『オリンピック 反対する側の論理』(作品社)が日本でも出版された。本の帯には「本書は、五輪研究の世界的第一人者が、各国の反対運動を調査し、世界に広がる五輪反対の動き、その論理と背景をまとめたものである」とある。

 この一文では本の内容が正しく伝わらない。本書の主題は反五輪運動と反資本主義運動の結合だ。著者自身はこう述べている。「本書は反五輪の取り組みをより広い、公正を求める闘いとアメリカ合衆国における社会主義の復活のなかに位置づける」と。

 具体的には、2028年夏季大会の開催都市である米ロサンゼルスにおける反五輪運動ノーリンピックスLA(NOlympics LA)に焦点を当てている。アメリカ民主主義的社会主義者・ロサンゼルス支部(DSA−LA)の住居・ホームレス問題委員会が立ち上げた市民運動だ。

 ロサンゼルスでは住宅不足が深刻な問題となっている。多くの人がホームレス生活を余儀なくされている。それなのに、住民の立ち退きをともなう都市再開発計画が五輪を口実に浮上した。これに抗議するDSA−LAが「五輪(ゲームズ)ではなく住宅(ホームズ)を」と声を上げ、市民の支持を広げていった。

 ノーリンピックスLAのキャンペーンは創造的かつエネルギッシュだ。学校や大学を対象にした公開イベント、ハリウッドを有する地域ならではの文化・芸術活動、戸別訪問による地道な宣伝・オルグ等々。会の規約「私たちは、いつでも、どこでも、誰とでも、公の場で会話をします。だから、話をしましょう」が、多彩なスタイルで実践されていることがわかる。

 DSA−LAの若手活動家は「私たちは、ロサンゼルスが支配階級やIOCの要求に奉仕するのじゃなく、もっと正しく、民主的で、平等な都市になるように闘っている」と語る。これが民主主義的社会主義への道と言いたいのだろう。

再開発の隠れ蓑

 次に紹介するのは、以前にも取り上げた『オリンピック・マネー/誰も知らない東京五輪の裏側』(後藤逸郎著/文春新書)である。利権と腐敗にまみれたIOCの実態、特に放送権料のからくりがよくわかる。

 祝賀資本主義との関係で言えば、東京五輪を隠れ蓑にした再開計画の真相を暴いた第6章に注目したい。国立競技場がある神宮外苑一帯の「日本一厳しい」と言われた建築制限を突破するために、オリンピック開催という「錦の御旗」が必要とされたのだ。

 旧国立競技場のそばにあった都営霞ヶ丘アパートは取り壊され、住民の多くは事実上の強制移転を強いられた。最後まで移転を拒み続けた人は地上げ屋まがいの対応を都から受け、「人間として扱ってくれなかった」と振り返る。

福島原発事故隠し

 コロナ禍以前の出版物ではあるが、オリンピック・パラリンピックの問題点を多様な観点から明らかにした一冊として、『で、オリンピックやめませんか?』(天野恵一・鵜飼哲編/亜紀書房)をお勧めしたい。執筆者の一人である小出裕章・元京大原子炉実験所助教は、福島原発事故を忘れさせるための東京五輪だと厳しく批判している。

 『オリンピックの終わりの始まり』(コモンズ)は、五輪を真正面から批判する数少ないスポーツジャーナリスト谷口源太郎の著作である。彼は今のオリンピック・パラリンピックを「国家主義や過度な市場経済によって人間性を奪われ、腐蝕してしまった」と否定。「連帯や共同性といった人間性あふれる民衆が主役となったスポーツ世界の実現を目指さなければならない」と訴えている。

  *  *  *

 ノーリンピックスLAの活動家は言う。「オリンピックは、グローバル資本主義の完璧なメタファーだ。選ばれたわけでもなく、何をしようが説明責任を持たない富裕な人間たちの一団が、いろいろなやり方で公衆を利用し、自分たちを豊かにし、普通の人々に損失を与えることに手を染めている」(ボイコフ前掲著)

 コロナ禍の中で強行されようとしている東京五輪がまさしくそうだ。資本主義の悪を凝縮した「命よりもカネ」を地で行く暴挙を許してはならない。 (M)

オリンピック 反対する側の論理 東京・パリ・ロスをつなぐ世界の反対運動
ジュールズ・ボイコフ著 井谷聡子 鵜飼哲 小笠原博毅監訳
作品社 2700円(税込2970円)

オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側
後藤逸郎著 文春新書 800円(税込880円)

で、オリンピックやめませんか?
天野恵一・鵜飼哲編 亜紀書房 1600円(税込1760円)

オリンピックの終わりの始まり
谷口源太郎著 コモンズ 1800円(税込1980円)

 
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