2021年07月23日 1683号

【休戦70年までに朝鮮戦争終結を/新基地建設 軍拡進める戦争勢力を孤立化させよう】

 70年にも及ぶ朝鮮戦争の「休止」状態に終止符を打とうと「朝鮮半島終戦平和キャンペーン」が呼びかけられている。「台湾問題」とともに軍拡の口実になっている朝鮮半島の軍事緊張を取り除き、新基地建設に猛進する日米韓政府を止める力になる取り組みだ。「朝鮮戦争」を終結させる意義を確認しておこう。

戦争の原因 南北分断はなぜ起きたのか

 朝鮮戦争は、1950年6月25日、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)が分断された朝鮮半島の「武力統一」をめざし、南の大韓民国(韓国)に軍事侵攻したことに始まる。53年7月27日の休戦協定の締結までの約3年間、半島全域が戦場となった。300万人とも500万人ともいわれる犠牲者を出し、南北に分断された離散家族は1千万人にものぼる。

 朝鮮戦争の原因は、南北分断政府の樹立にある。日本の植民地支配から解放された朝鮮がなぜ一つの政府を再建できなかったのか。そこには、日本の40年にわたる支配と東西冷戦による分断があった。

 日本の朝鮮支配は日露戦争時の1904年、軍事行動の自由を認めさせたところから始まる。財政、外交の日本人顧問を受け入れさせ(第1次日韓協定)、外交権はく奪、軍隊解散と要求をエスカレート。ついに併合条約をのませ(10年)、大韓帝国(当時)を植民地化。朝鮮人は「日本人」として兵役に駆り出され、警官として治安弾圧にあたった。植民地支配は「親日」と「抗日」の対立、分断を社会に残すことになった。

 45年。日本の支配から解放された朝鮮半島ではすぐさま各地に人民委員会ができ、9月6日「朝鮮人民共和国樹立」を宣言する。統一国家の首席には米国に亡命中の李承晩(イスンマン)が担がれた。再建された朝鮮共産党も加わった左右合作政府だったが、米軍は認めなかった。

 すでに米ソが対抗する東西冷戦が始まっていたからだ。ソ連は5月、ベルリンを占領し、東欧への影響力を強めていた。米国は日本の敗戦が濃厚となったとき、朝鮮半島でのソ連の影響力を抑えようと、北緯38度線での分断統治をソ連と合意していた。

 そして48年、米ソの主導・承認の下で南に韓国(8月)、北に朝鮮(9月)が出来上がってしまった。この過程で、済州島(チェジュド)4・3事件に象徴される「アカ狩り」や日本統治協力者への報復などの事件が多数起きている。日本の植民地支配と東西冷戦が生んだ悲劇だと言える。

「武力統一」は何をもたらしたのか

 同じ民族が殺し合う内戦の被害は朝鮮半島全域に及んだ。49年、中国共産党が内戦を制し中華人民共和国を建国したことに鼓舞された朝鮮の金日成(キムイルソン)は、ソ連の了解のもとで朝鮮の「武力統一」をめざした。当初劣勢であった韓国軍は米軍主体の「国連軍」の参戦で反撃。朝鮮にはソ連の支援の下、中国義勇軍が参戦した。その結果、冒頭にあげた犠牲者を出した挙句、分断が固定化し、南北とも軍事独裁が深化。民衆は平和や自由を奪われることになった。

 韓国では、不人気だった李承晩大統領が朝鮮戦争の混乱に乗じ改憲を強行、長期独裁政権を作り上げる。民主化運動の高まりで李承晩政権が崩壊した後の61年、軍事クーデターにより朴正煕(パクチョンヒ)が大統領に就くと、「反共法」を制定。思想信条の自由は著しく制約を受けた。「北のスパイ」「共産党」のレッテルを貼られ、多くの学生・市民が弾圧された。朝鮮では、金日成の後継者、金正日(キムジョンイル)が「先軍政治」を掲げ軍事最優先の独裁体制を固めていった。

日本は朝鮮戦争にどうかわったのか

 日本は「戦争放棄」の憲法が施行されてはいたが、実質米国単独の占領下で米軍と一体となって朝鮮戦争を闘った当事者と言える。

 国連安保理では、中国の代表権をめぐってソ連がボイコットしている間に、米国の主張がほぼ決議になった。占領軍総司令官マッカーサーは、朝鮮「国連軍」の司令官も兼ねることになった。マッカーサーは、占領政策のために必要な物資を調達する日本政府の「特別調達庁」にも朝鮮戦争の軍需品を調達させた。駐日米大使は「日本人は4つの島(日本列島)を一つの巨大な補給倉庫にした。これがなかったなら朝鮮戦争は闘えなかった」と記している。飲料水から弾薬・兵器まで、すべてのものを揃えた。

 兵站(へいたん)だけではない。米軍の上陸作戦に先んじて、朝鮮が敷設した機雷の除去に海上保安庁の掃海艇のべ46隻が出撃し、5つの港で機雷27個を処分。うち1隻は触雷し、沈没。死亡1人、重軽傷者18人を出した(50年10月)。憲法施行3年後のことだ。

 この犠牲が出る前ではあるが、外務省は「朝鮮の動乱とわれわれの立場」を表明(50年8月)。「憲法で交戦権を放棄したわが国が民主主義国の団結に協力しその強化を助けるのは、すなわち自らを衛(まも)るゆえんである」と見解を示している。反共のためなら交戦も辞さずというのだ。


70年間 戦争を終結させないのはなぜか

 「(朝鮮戦争は)対岸の火事ではない。共産勢力の脅威がわが国周辺に迫っている。赤色侵略者がいかにその魔手を振るいつつあるか。わが国自体がすでに危険にさらされている」

 吉田茂首相(当時)の国会演説(50年7月)の内容だ。吉田は朝鮮戦争の最中に、サンフランシスコ講和条約の締結(52年4月)を急ぎ、日米安保条約に調印した。「反共」の砦としての立場を明確にした。

 米占領軍はほぼ全軍が朝鮮半島に出撃。留守になった在日米軍基地を守るために日本は警察予備隊を組織し、自衛隊へと再軍備の道を歩み始めた。そして、今も変わらず、中国、朝鮮の脅威を口実に宇宙軍の創設にまで軍拡を進めている。朝鮮戦争「休戦状態」は好戦勢力にとって、きわめて都合がいいのだ。

 最近、麻生太郎副総理が「台湾有事」に言及し「日本にとっては、存立危機事態に関係してくるといってもおかしくない」と発言した(7/5)。70年前の吉田と認識は同じだ。当時と違い、今では強力な軍隊と戦争法を手にしており、さらに好戦性を増している。

 「台湾問題」も朝鮮戦争も分断国家統一の問題であり、そこに住む人びとの選択により解決する問題である。「武力統一」などありえない。緊張緩和、対話による「平和統一」の道以外に選択肢はないことを示そう。

 日米政府に辺野古新基地建設を断念させるZHAP(ジーハップ:ZENKO辺野古プロジェクト)、韓国ソソンリのミサイル基地建設阻止の闘い、そして朝鮮半島終戦平和キャンペーンの成功が、東アジアの軍事緊張に終止符を打つ大きな力となる。

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