2021年09月03日 1688号

【NHKスペシャル 原爆初動調査 隠された真実/残留放射線の被害をなかったことに/政治が科学を共犯にするとき】

 8月上旬はアジア・太平洋戦争関連の特集記事や番組が集中的に掲載・放送される時期だが、今年はオリンピック報道に追いやられてしまった観がある。それでも、優れた調査報道は存在した。今回紹介するNHKスペシャル『原爆初動調査 隠された真実』は、その代表格である。

米軍の極秘調査

 今年の8月6日、NHKは原爆関連の特集番組を地上波で放送しなかった(日付が変わった深夜に過去のNHKスペシャルが再放送された)。広島に原爆が投下されたこの日に、原爆や戦争の特番がなかったのは43年ぶりのことである。

 過去にも夏季五輪の開催中に「原爆の日」を迎えたことはあったが、夜8時〜10時台に特集番組が放送されていた。東京オリンピック一色に染まった今年の番組編成がいかに異常だったかがわかる。

 ほかにも菅義偉首相への配慮からか、長崎平和祈念式典での首相あいさつをテロップ表示しないなど(原稿の読み飛ばしに備えた措置と思われる)、NHKの報道姿勢にはおかしな点が山ほどある。とはいえ、いい番組はきちんと評価しておきたい。たとえば、8月9日放送のNHKスペシャル『原爆初動調査 隠された真実』である。

 米軍は原爆投下後の広島と長崎に調査団を派遣し、その破壊力や放射能が人体に及ぼす影響を克明に調査していた。原爆の爆発によって発生した放射性物質が、雨やチリとともに降り注ぐことなどで発生する残留放射線についても調査・研究を進めていた。

 しかし、米国政府は調査結果を封印。科学者たちに圧力をかけて、残留放射線をなかったことにしようとした。日本政府も別の思惑により、残留放射線の危険性を否定した。

 なぜ、残留放射線の影響は隠蔽されることになったのか。番組は丹念な調査報道で真実が隠されていった過程をたどり、その全貌を明らかにしている。

日米両政府の思惑

 長崎市の市街地から約3km離れた場所にある西山地区。ここでは原因不明の体調不良や白血病などによる死が相次いでいた。地区は盆地の中にあり、山に遮られて原爆の熱線や爆風は届かなかった。ただし原爆の爆発後、灰やいわゆる「黒い雨」が降り注いでいた。

 調査団は西山地区の残留放射線を測定し、爆心地より高いことをつかんでいた。盆地に堆積した放射性物質が原因と考えられた。実際、土壌分析によって放射性物質の種類(核種)が特定され、プルトニウム原爆(長崎原爆)から出たものであることが確認された。

 西山地区の放射線量の最高値を現在の値になおすと、1時間あたり約11マイクロシーベルト。一般人の年間線量の限度を4日で超える。住民の血液検査を行ったところ、白血球数の異常値が多発していることが判明。放射性物質を経口摂取したことが原因とみられる骨肉腫も確認された。

 ところが米軍上層部は、残留放射線の危険性を証明する報告書を隠蔽し、関係者に箝口令を敷いた。そして「残留放射線は皆無。放射能による後遺症はない」を公式見解とした。なぜか。原爆が後々まで人体に悪影響を及ぼすことが明らかになれば、国際的批判が高まり、使えない兵器になってしまうからである。

 隠蔽は米国だけではない。日本軍も原爆が投下された翌日から医師や科学者を現地調査に送っていた。後で爆心地に入った人が原爆病になる“入市被爆”に着目し、残留放射線の影響を指摘する科学者もいた。

 だが、陸軍がまとめた報告書は「有害な残留放射線は存在しない」と結論づけた。人びとが動揺することを避けるために、被害を過小評価したのである。戦後、米国の占領下で行われた調査でも科学者たちは同じ結論を強いられた。

 「結局は人道が政治に押し切られてしまった」。当時の科学者は無念の思いを後輩に語っていた。国家権力が科学者を「共犯者」に仕立て、都合の悪い事実を隠蔽する―。その手法は今も変わっていない。

コロナ禍の今も同じ

 政府は広島の「黒い雨」訴訟については上告を見送り、被害者の救済に動き出した。だが、長崎の同じ裁判は「別問題」(菅義偉首相)との姿勢を崩していない。そもそも、内部被曝による健康被害は頑なに否定している。「核抑止力」政策や原発推進にまで影響を及ぼすからだ。

 政府による科学的知見の歪曲はコロナ禍でもまかり通っている。オリパラ開催による感染爆発の危険性を専門家に指摘されても、菅首相は聞く耳を持たなかった。事実の隠蔽によって、救える命が救えなくなる悲劇をくり返してはならない。番組からくみとるべき教訓はこれに尽きる。 (M)

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