2021年09月10日 1689号

【名古屋入管ウィシュマさん殺害事件/仮病≠ニ決めつけ医療放置/反人権意識つくる排外主義をやめろ】

虐待映すビデオ

 「人権なんてここに全くありません。犬のように扱っていました」

 名古屋出入国在留管理局(入管)の収容所で今年3月、見殺しにされたスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんの妹ワヨミさんはそう言った。ワヨミさんらは8月12日、遺族だけに許されたウィシュマさんの監視カメラ映像を見た。―ベッドから落ち、自力では動けないほど衰弱したウィシュマさんの上衣の袖を引っ張るだけの看守やカフェオレを飲みこめず鼻から戻したウィシュマさんを「鼻から牛乳や」と高笑いする看守の姿―。

 死亡する前2週間の記録のうち、公開されたのはわずか2時間分。入管側が都合よく編集したものでも見るに堪えず、前半だけで気分が悪くなり中断した。

 上川陽子法相は「本人の名誉・尊厳や保安上の理由」をあげ、頑(かたく)なに映像公開を拒んでいた。映像が明らかにしたのは収容者の名誉・尊厳を踏みにじる入管の実態だった。

 収容所での死亡事件は多発している。1997年から2019年までの間で18人が死に追いやられている。病死、自殺などとされているが、そこに至る原因は入管施設での扱いにあることは間違いない。14年のカメルーン人男性病死事件。糖尿病が悪化し入院を訴えたが、当局は施設内の「個室」に閉じ込め、治療しなかった。裁判で開示された映像には「死にそうだ」と転げまわる姿があった。病死ではなく医療放置による見殺しだ。ウィシュマさんの場合も映像がなければ事実は葬られていた。

予断と偏見

 ビデオ開示に先立つ8月10日、最終報告書が公表された。ところがウィシュマさんへの対応の記述は、ビデオが示す事実とは大きく異なっていた。床に落ちた2月26日、上衣の袖を引っ張っただけなのに「ベッド上に移動させようとした」と正当化。24回も助けを求めている切迫した状況は書かれていない。

 いかにごまかそうが入管の体質は隠しきれない。睡眠障害や摂食障害で極度の栄養不足状態にあったウィシュマさん。すでに限界を越え「私死ぬ。病院へ連れてって」と懇願するが、入管は死の2日前の3月4日、精神科医に診せ、「支援者から病気になれば仮釈放してもらえる旨の説明を受け、そのころから心身の不調を訴えている」と告げていた。

 予断と偏見。入管当局の一貫した姿勢だ。2月10日、ウィシュマさんの仮放免申請を審査する時も「支援者に煽られて仮放免を求めて執ように体調不良を訴えてきている者であるが、外部医療機関での診療の結果特段異常なし」としている。仮病だと言っているのだ。

「殺人を隠ぺい」

 その時のウィシュマさんの状態はどうだったのか。体重は20年8月入所以来、15`cも減っていた。2月15日の尿検査の数値は「飢餓状態」を示していた。報告書では事後第三者医師からの指摘に、週2回各2時間だけの診療室医師では適切な対応は無理だったと医療体制問題にすり替えている。根底には収容者への不信感がある。診療室の医師も「入管側の人間だ」ということだ。

 他にも見過ごせない問題がある。ウィシュマさんが交番に申し出たのは、交際相手の暴力から逃れるためだった。しかし、DV被害者として保護されることはなかった。入管職員にはその意識すらない。収監後に届いたDV加害者からの脅迫状2通をウィシュマさんに手渡し、精神的に追い込むことさえした。

 事実を明らかにしようと遺族代理人の弁護士が看守勤務日誌などの情報公開を請求した。8月2日に開示された1万5113枚の文書はすべて黒塗り。入管は何一つ、明らかにしなかった。「殺したのを隠そうとして黒塗りにした」と遺族が怒るのも当然だ。

 最終報告書の結論は死因不明。改善策は「全職員の意識改革」「医療体制の強化」。「意識改革」にむけ研修を行うという。何をいまさら。そんなことで「改革」できる問題ではない。入管業務の法自体、全面的な改正が必要だ。様々な事情で在留資格を持たない外国人を犯罪者とみなし、すべてを収容・送還する「全件収容主義」を根本からあらためることだ。

 ビデオを見た後のワヨミさんはこうも言っていた。「すべての外国人の皆さんに伝えたいです。明日はあなたの番かもしれません」。日本政府の排外主義を非難するワヨミさんのことばは、すべての市民に対する警告と受け止めるべきだ。

 
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