2021年12月31日・2022年1月7日 1705号

【佐藤和義MDS委員長に聞く/岸田「新しい資本主義」とグローバル資本/新自由主義の災禍は隠せない/「やってるふり」許さず根本的変革を、いま】

 「新しい資本主義」は新自由主義がもたらした災厄を逆手にとって、新たなグローバル資本の儲けの場を作り出そうというものだ。市民・労働者からの収奪や経済格差を是正するものではない。小手先の改革するふりではなく、根本的変革が必要だ。(12月10日)


顕在化した貧困、格差

 岸田文雄首相は12月6日の所信表明演説で「新しい資本主義」を強調している。

 岸田は「新自由主義的な考えは、世界経済の成長の原動力となった反面、多くの弊害も生んだ」とし、その弊害は「格差、貧困、気候変動問題」だとする。「弊害の是正」のために、成長も分配も実現する「新しい資本主義」を具体化すると言う。

 成長については、デジタル化、気候変動への対応を新たな成長分野とし、クリーンエネルギー戦略を描く。分配に関しては、賃上げすると表明した。

 この政策をどう見るか。

 経済団体連合会十倉雅和(とくらまさかず)会長は、インタビューで宇沢弘文(うざわひろふみ)の「社会的共通資本」という考え方(注1)を支持した。宇沢弘文は、この考え方に基づき新自由主義に反対した。経団連会長が口にしたということには驚いた。

 十倉は、新自由主義の弊害についても岸田と同じ言葉で「格差、気候変動問題」などとする。十倉自身も新自由主義に傾倒していたと述べており、グローバル資本主義者であっても、自ら進めてきた新自由主義経済がもたらした弊害を認めざるを得ない。このまま放置すれば自分たちの支配が危うい≠ニ考えている。

 だが、その彼らが出してきた政策は、デジタル化やクリーンエネルギーといったものだ。SDGs(エス・ディ・ジーズ/持続可能な開発目標)やデジタルに関するセミナーやシンポジウムがやたらと開かれている。そういう分野で経済成長し、分配政策について考えていくという。

 岸田はデジタル化をかなり強調する。「デジタル田園都市構想」(注2)などだ。そして、マイナンバーカードを多用する。運転免許証、健康保険、介護情報、銀行口座、果ては子どもの学校の成績まで紐づけしようとしている。

 気候変動に関しても、カーボンニュートラル(注3)を言うが、石炭利用をやめないなど日本は非常に遅れている。だが、火力発電燃料のアンモニアや水素への転換などで進めるという。所信表明では原発推進には触れていない。廃止も言わないから継続するということだ。温暖化に対して有効だ≠ニいう考えを捨てていない。

 分配政策は賃上げすると言う。国が率先して看護・介護等の分野で賃上げする。企業には税控除で優遇し、賃上げ誘導しようとする。

 そうして成長も分配もうまくやる≠ニいうのが彼らのストーリーだ。

さらなる利潤追求の道具

 経済成長について新しい分野を持ち出すのは、新自由主義で収奪が極限化し、もう利益は上がらないと考えているからだ。気候変動さえもクリーンエネルギーや電気自動車など新たな市場づくりに利用し、情報化で「地方と都市の差を縮める」「便利になる」といって、ありとあらゆる個人情報を集め、情報産業という形で商売につなげる。

 賃上げについては、冗談みたいなものだ。看護師は1%で月額4000円。他産業より月額8万〜10万円安いと言われている介護労働者が3%9000円だ。まして、最低賃金は各国が1500円程度になりつつあるのに触れもしない。日本だけが全分野にわたって賃金が下がっているのだ。

 新自由主義経済がもたらした格差、貧困、環境破壊に手を打つと言わざるを得なくなったが、それでも、最大限の利潤を獲得するという原理を変えない。狙いは、弊害に配慮したふりをして、利潤の手段として統合しようというところにある。

 経済学者のトマ・ピケティが設立した世界不平等研究所によると、新型コロナ下の2年間で、世界の2750人の超大金持ちが460兆円も資産を増やしている。格差拡大はとどまることを知らず、ごまかしようがない。岸田は18歳以下の子どもがいる家庭に10万円を支給すると言う。「クーポン券なら事務費は967億円かかる」「子育て支援か景気対策かはっきりしない」といった批判はあるが、問題の本質は、「子どもがいる家庭」だけではなく、コロナ禍で生活を破壊されているすべての市民労働者の生活を保障しなければならないということだ。

 グローバル資本主義がもたらした災禍は、その規制、脱却からでしか免れることはできない。にもかかわらず、利潤のためになお新自由主義政策を続けようとすることに最大の矛盾がある。

 コロナ対策についても岸田政権は、オミクロン株の出現に対して素早く入国規制をしたと宣伝するが、本質的な問題は、安倍・菅・岸田政権に一貫して見られる新自由主義のおかしさだ。彼らは、公的病院の拡充、保健所の新設・増員、医師・看護師の増員をしない。ダイヤモンドプリンセス号で感染者の発生がオープンになって以降、PCR検査を増やし、感染者を発見して保護・隔離しなければならないのに、拒む。病院が少ない、保健所が少ないということがばれるからしたくなかった。

 だが、隠しおおせるものではなく、対策を小出しにし、後手後手にまわる。「自宅療養」という形で放置して、犠牲者を出しても平然としている。これは維新大阪府政なども同じだ。

対案は民主主義的社会主義

 ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)の厚生労働省交渉に参加したが、回答は、保健師増員は全国で900人、1か所2人程度だ。小池東京都政、維新大阪府政も含め「保健所機能を充実させる」というが、一般職員を応援に駆り出し、非正規労働者を使うということであり、医師・保健師はまともに増員しない。減らしてきた保健所を元に戻し、さらに増やすこともしない。

 新自由主義が目指す総医療費削減・民営化の下では、保健・医療分野でも利潤原理で動く。人の命を大切にして病床を確保し、治療し、そのために医師・看護師を増やし待遇も改善していくことはできない。グローバル資本は医療・介護分野は手放したくない。収奪を極限まで進め市場が枯渇した今、命と暮らしにかかわる分野も儲けの対象とする。

札幌医科大学資料より


 われわれの回答は、民主主義的社会主義だ。新型コロナ感染症対策では、当然、病院の国有化・公有化を軸に、感染症対策は採算、利潤と無関係に対処する。安全を確保しながら薬の製造を進めるには、国有化・公有化しなければできない。

 極限まで収奪し、それでも市民にカネを使わせ、市場を作り出すためには、命にかかわる分野にまで触手を伸ばす。そのために、情報をつかみ、操作し、統制し、反発を抑え込み、あるいは、反発が出ないよう誘導する。それが、情報化政策の一側面だ。

 情報操作できない他国の反発を抑え込む軍事力を世界規模で強化する。所信表明では、憲法改悪、敵基地攻撃能力保持、日米豪印軍事同盟による国際秩序維持。グローバル資本の利益を指す「国益」に基づく「平和と安定」を押し出した。

 立憲民主党は代表選を経て「政策提言型」に転換するという。国民民主党や日本維新の会とともに、憲法審査会をどんどん開催して改憲へと進もうとするだろう。自公政権は、アジアでの軍拡を行ない、国内を支配統制するために緊急事態条項創設などの改憲を軸に据え、辺野古新基地建設や南西諸島への自衛隊ミサイル配備を進める。これと闘わなければならない。

 軍事費、GoTo事業、デジタル化、カジノ、リニアといったグローバル資本のための巨額な費用はすべて要らない。すべてを市民の命と暮らしに回させる。政府支出の構造を変えなければならない。

 また、国公立病院の新設・拡充、教育無償化といった市民の命と暮らしを守る政策にかかる膨大な費用は、法人税、所得税であれ、富裕税、金融取引税であれ、グローバル資本と超富裕層に負担させなければならない。当然、消費税は廃止だ。歳入・歳出すべてにわたる財政構造の大転換が必要だ。

 「れいわ新選組」も消費税廃止、教育無償化と言っている。だが、その財源は国債によるという。税は国債を補完するものであって財源のメインではない、とはっきり言っている。これは不可能だ。

 日本の国債発行残高は、1000兆円を突破し、GDP(国内総生産)の2・5倍程度で世界最悪だ。米国はすでに金融引き締めに入っているし、EU(欧州連合)も追随するだろう。日本だけが金融緩和政策を続け日銀が国債を買い切ることができなくなっていく。国債価格が暴落する、あるいはインフレをもたらす。それによる負担は市民が負うことになる。

 「れいわ」は格差拡大、貧困の根本原因であるグローバル資本と対決してその負担で政策を実現する方向はとらない。対決を回避して、教育無償化や消費税廃止をしようとする。軍事費削減も言わない。改憲阻止についてもあいまいだ。山本太郎代表は、一方で「私自身は憲法に対してどういう考え方をしてるかというと、『一言一句いじってはいけない』とは思っていません。 で、変えなければならない部分もあると思ってます。なにかというと、たとえば憲法9条なんかもそうですよね、おそらく」(2019年4/10記者会見)と言い、他方で「憲法は絶対守らなければならない。第9条については特にそうだ」と言っているようにあいまいである。これでは、改憲論議に乗っかってしまう。

 改憲阻止、軍事費削減、グローバル資本・富裕層への課税強化といった対決的課題を回避して、財政出動さえすればいいとするのでは、今日的な矛盾の根源を断つことにはならない。

市民生活そっちのけ

 衆院選で議席を大幅に増やした日本維新の会は、もはやローカル政党≠ナはなくなった。なめてかかってはいけない。彼らの政策の目玉は「身を切る改革」だが、内実は公務員の給料を減らし、人員を削ったにすぎず、政治家が身を切ったわけではない。保健所削減も放置し、公立病院や地方衛生研究所の独立行政法人化、保育所や地下鉄の民営化など公的部門を削減した。その結果が新型コロナ第5波での大阪の「医療崩壊」状態で、人口100万人当たりの死者数は全国で最悪だ(注4)。

 一方で、大阪万博、IR(統合型リゾート)・カジノなどは採算を度外視し、大規模開発で利益をあげる関西のグローバル資本への奉仕を優先する。カジノでギャンブル依存症が出ることもお構いなしだ。

 維新が「改革の成果」とする市民への給付はわずかだ。高等学校授業料実質無償化は、公立は国の事業で維新の成果ではない。私立学校はおおむね年収590万円未満の世帯のみが対象。一方で私学助成金は減らし、公立高校を廃校にする。大阪市の小学校給食無償化もコロナ対策の暫定措置だ。こうした維新のやったふり≠ェ、宣伝局に成り下がった関西メディアによって市民を錯覚させた結果が衆院選での大阪の議席増だ。

 維新の「メディア戦略」と比べ、衆院選でも、われわれ市民と野党共闘の側は、「市民連合と立憲野党の共通政策」―その内容、意義を徹底的に宣伝していくことが弱かった。共闘の成果は明らかであり、共闘運動を悲観することはない。グローバル資本に対する徹底した批判が必要だという観点から共闘を強めていく。

 2022年は、岸田の戦争路線を止める重要な1月名護市長選、11月沖縄県知事選がある。7月参院選では、改憲阻止のために改憲派に議席の3分の2を取らせない闘いをしなければならない。1人区だけでなく複数選挙区でも共闘を作っていかなければならない。

 沖縄県民、全国の市民とともにMDSは全力で闘う。

(注1)宇沢弘文の社会的共通資本

 宇沢弘文は、シカゴ大学から世界に新自由主義を広めたミルトン・フリードマンが幅を利かせていた1960年代に同大学の教授だった。当時から新自由主義に反対し、自然環境(大気、森林など)、社会インフラ(道路、上下水道など)、制度資本(教育、医療など)を「市民の基本的権利の充足上、重要な役割を果たすもので、社会にとって極めて大切なもの」として「社会的共通資本」と規定。政府が定めた基準や市場的基準によって管理されるべきではなく、これらから独立した専門家機構が、その専門性によってのみ管理すべきであると説いた。

 「社会的共通資本」の考えに従えば、グローバル資本が自らの利潤追求のために地球環境を貪りつくしてきたこと、その結果引き起こされた環境破壊を「温暖化対策」の名のもとに、またぞろ自らの利潤拡大の対象とすることは許されない。岸田や十倉が新自由主義の弊害を認めたと言っても、利潤を目的としていることに変わりはなく、改心したわけではない。このまま放置すれば自分たちの支配が危うい≠ニ察知した支配層が、新自由主義の枠組み内で宇沢の考え方を解釈し、さも反省し転換するかのように見せかけているにすぎない。

(注2)デジタル田園都市国家構想

 デジタル通信技術を使って地方と都市部の格差を埋めるというもの。第1回実現会議(11/11)議事録では、光ファイバー整備、5G化推進による遠隔診療やオンライン授業といった小手先の策が述べられるばかりで、所得格差や限界集落など地方が抱える問題の根本的解決につながる議論はない。

(注3)カーボンニュートラル

 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること(環境省)。他者が減らした温室効果ガスを購入することで自らの排出量を減算する排出権取引などの抜け道も用意されている。排出権取引は投機による儲け口の対象ともなる。



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