2022年03月11日 1714号

【読書室特集 空襲被害を考える/住民を標的にした国家テロ/民間人補償を拒む「受忍論」】

 77年前の3月10日(1945年)、東京市街地に対する米軍の空襲により10万人以上の人びとが殺害された。この東京大空襲を皮切りに全国の主要都市が焼き尽くされ、多くの一般市民が死傷した。しかし国からの補償は現在に至るまで一切ない。今回は空襲被害と補償を拒む国家の論理について考える。

朝ドラの定番だが

 第二次世界大戦中の空襲被害は多くの劇作品で描かれてきた。NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)を例にとると、現在放送中の『カムカムエヴリバディ』の初代ヒロイン安子は岡山空襲の被害者で、母と祖母を空襲で亡くしている。2019年前期放送の『なつぞら』は、主人公きょうだいが東京大空襲の戦災孤児という設定だった。

 このように、最近3年間の6作品中5作品で描かれるほどの定番エピソードになっているが、朝ドラが決して描かない空襲被害者の「戦後」がある。一般市民である彼らに対し、国は何の補償もしていないということだ。救済を求める人びとの訴えを裁判所も国会も切り捨ててきた。これほど不条理な状態がなぜ続いているのだろうか。

明白な戦争犯罪

 その前に、日本空襲の特徴をおさえておこう。米軍が行った都市部への空襲は「無差別爆撃」と表現されることが多いが、実態は違う。それはいかに効率的に住宅地域を焼き払うかを周到に計算した「精密な」住民標的攻撃であった(1)。事実、日本式の家屋を再現して焼夷弾の性能テストを行い、各都市の防火対策まで調べ上げていた。

 米統合参謀本部が1944年6月にまとめた報告書は、都市焼夷攻撃の目的の一つに「死傷による労働力の損壊」をあげている。戦時生産を支える労働力の破壊=住民の殺傷自体が目的だったということだ。そのために住民の生活圏を焼き尽くしたのである(2)。

 このような攻撃は当時でも戦争犯罪だった。1923年にハーグ法律家委員会が作成した空戦規則案は一般住民に対する空爆を明確に禁止しており、実定法ではないものの第二次大戦勃発時には慣習国際法として定着していた。

 「空戦規則」はまた、違反によって生じた身体的・財産的損害への賠償責任を交戦国に課している。つまり、米国には日本の空襲被害者への補償責任があるはずなのだ。同様の理由で、日本には中国・重慶などの空襲被害者に対する補償責任がある(3)。

 ところが、日本政府が連合国との間で補償請求権を相互に放棄したことで、空襲被害者が米国に補償を請求する道は事実上閉ざされてしまった。ならば日本政府が補償の肩代わりをするのが道理だが、連中はそれを拒み続けている。「戦争被害受忍論」という国家の論理によって―。

責任逃れの法理

 1976年、名古屋大空襲の被害者が国家賠償を求めて提訴した。元軍人・軍属については「援護法」等を制定して救済しながら、民間の戦争被害者にそうした立法措置を行わないのは「法の下の平等」を定めた日本国憲法第14条に反するもので違法―という主張であった。

 だが、地裁、高裁、最高裁とも原告の訴えを退けた。最高裁判決(1987年6月)の骨子はこうである。「上告人らの主張するような戦争犠牲ないし戦争被害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところ」

 戦争という国策の犠牲や被害は国民が耐え忍ぶもの、と言うのである。こんな理屈がまかり通るなら、この先、新たな戦争や原発事故で多くの人たちが被害に遭った場合も「みんなで我慢しよう」ということになってしまう―。民間人の戦後補償問題を長年取材してきた毎日新聞の栗原俊雄記者はこう指摘する(4)。

立法府の不作為

 空襲被害者たちは法廷闘争と並行して立法による解決を求めてきた。6歳の時、空襲で左ひざから下を失った安野輝子さんは、2003年の自衛隊イラク派兵を契機に立法運動に加わった。「戦争をしたら被害者に補償をしなければならないと、国に分からせること。それが戦争を食い止める力にもなる」との思いからだ。

 しかし、民間の戦災死傷者を救済する「戦時災害援護法案」は計14回国会に提出されたものの、政府・自民党に拒まれ、すべて廃案となった。超党派の国会議員連盟がまとめた空襲被害者救済法案も棚ざらし状態が続いている(5)。

 同法案の眼目の一つは特別給付金の支給である。法施行時点で生存している戦災障がい者が対象で、支給額は1人50万円。予算は約26億円と見積もられている。軍人恩給の支給累計60兆円はもちろん、F35戦闘機の調達価格(1機約100億円。今年度の補正予算で12機購入)と比べても、あまりにも少ない。

 もう一つの眼目は「被害に関する実態調査等」を国に課していることである。被害の詳細が明らかになることは、給付金の対象とならない遺族にとっても大きな意味がある。被害者はそう訴えてきた。

 だが、法案は国会に提出すらされていない。政府・自民党の動きが鈍いのは、他の戦後補償問題への波及を恐れ、解決済み論にしがみついているからだ。その間も、高齢の被害者たちの命は削られてゆく。

   *  *  *

 ロシアがウクライナに軍事侵攻し、民間の施設や市民にも大きな被害が出ている。砲撃を受け炎上する集合住宅。地下鉄の駅に避難する人びと。空襲警報に怯え「死にたくない」と涙する子ども…。戦争が国家によるテロであることがよくわかる映像だ。テロを「受忍」しなければならない理由などない。   (M)

(1)日本大空爆 ―米軍戦略爆撃の全貌 松本泉著 さくら舎 1800円+税

(2)空爆の歴史 ―終わらない大量虐殺 荒井信一著 岩波書店 780円+税

(3)重慶爆撃とは何だったのか―もうひとつの日中戦争 戦争と空爆問題研究会著 高文研 1800円+税

(4)戦後補償裁判 ―民間人たちの終わらない「戦争」 栗原俊雄著 NHK出版新書 820円+税

(5)東京大空襲の戦後史 栗原俊雄著 岩波新書 860円+税

 本文では取り上げられなかったが、戦災孤児の問題は『「駅の子」の闘い』(中村光博著 幻冬舎新書)を参照されたい。

MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS