2022年04月01日 1717号

【読書室特集/ウクライナ侵攻と沖縄戦/「軍民一体」美化する改憲勢力/戦争動員の正当化が狙い】

 ロシアの軍事侵攻が続く中、日本の改憲勢力が「ウクライナ賛美」の言説をたれ流している。「民間人も武器をとり決起した。国を守る気概を日本人は見習うべき」というやつだ。こうした手口での戦争美化は、戦争の主体である国家の常套手段である。日本政府による「沖縄戦認識の再定義」がそうだ。

あふれる賛美の言葉

 ロシア軍の大規模侵攻を受け、ウクライナでは「国民総動員令」が発令され、18〜60歳男性の出国が禁止となった。徹底抗戦を唱えるゼレンスキー大統領は「望む国民には武器を渡す」と語り、民間人も市街戦に加わることを促した。

 こうした事態に「感動」し「学べ」という人たちがいる。たとえば、元参院議員でプロレスラーの大仁田厚は自身のツイッターで、「民間人が立ち上がり女性たちも戦いに参加している姿 自分たちの国を愛する心 そして国民の自由を勝ち取るために戦う姿に感動するのだ」と述べ、「この姿勢を俺たちも学ぶべきだと思うのだ」と力説した。

 「“プロレスくずれ”が言いそうなことだ」とあなどるなかれ。政治家でも同レベルの発言をしている者が少なくない。日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)はこう言った(2/25)。「対岸の火事ではない。自国はしっかりと自分たちで守る決意と覚悟が必要だ」

 改憲勢力がよこしまな動機でウクライナ情勢を利用していることは明らかだ。戦争への総動員体制づくりの正当化である。もっとも、「軍民一体の戦闘」を強調し、美化する手口は今に始まった話ではない。それは沖縄戦認識の歪曲というかたちで半世紀以上前から行われてきた。

 沖縄戦研究者で、「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」の共同代表を務める石原昌家・沖縄国際大名誉教授は、著書『国家に捏造される沖縄戦体験』の中で、戦争体験が日本政府にからめとられてきたと指摘し、そのメカニズムを明らかにしている(1)。

殉国美談に歪曲


 1983年度の教科書検定で文部省は、家永三郎教授(当時、中央大)が執筆した『高校日本史』の沖縄戦記述に、「県民の犠牲者数が最も多かった集団自決のことを書き加える必要がある」との修正意見を付けた(事実上の命令)。

 この検定が憲法違反にあたるとして家永教授は国を訴え、法廷で沖縄戦認識が争われることになった。だが石原教授は当初、家永教授の問題意識がわからなかったという。なぜなら彼自身が住民の沖縄戦証言をまとめた著作の中で「集団自決」という表現を用いていたからである。

 その後、石原教授は教科書検定訴訟の原告側証人となり、そのための学習と議論を通して加筆命令の意図を理解できたと語る。その意図とは、殉国死を意味する軍人用語の「集団自決」という言葉を使用させることによって、国のため、天皇のために命を絶った住民が多かったという印象を強調することにあった。

 1980年代初頭は日本政府が有事法制の導入を本格的に準備し始めた時期にあたる。住民の戦争協力、総動員を義務づけたい政府にとって、自国軍隊が自己保身や軍事作戦を優先して自国民を死に追いやった沖縄戦はきわめて不都合な史実であった。そこで「軍民一体の戦闘」の強調というかたちで沖縄戦認識の「再定義」を企てたのだ。

 国が定義する「集団自決」とは、軍の足手まといにならないように「崇高な犠牲的精神」によって命を絶つ行為のことだ。軍隊に強制された集団死という実態を虚構の殉国美談で隠そうとしたのである。

援護法と靖国合祀

 国家による沖縄戦体験の歪曲・捏造は1950年代から始まっていた。戦傷病者戦没者遺族等援護法(1952年制定。以下、援護法)の適用がきっかけである。沖縄戦の被害住民が援護法の遺族給与金を受けるには「軍の要請に基づく戦闘参加者」であると申し立て、国の認定を受けなければならなかった。

 援護法の申請事務に携わった琉球政府の元職員はこう証言する。「もう、みんな捏造ですよ。そうでもしなくては、戦闘参加者にできない。申請書に、友軍に壕から追い出されたと書こうものなら、一発でダメですからね」「『自分から出ていったのではない! 壕を提供したのではない』と、かなり怒って、調査員に楯突いたオバアもずいぶんといましたよ」

 「戦闘参加者」と認められ援護法を適用されることと、靖国神社への合祀はワンセットであった。0歳児の強制集団死犠牲者や日本軍にスパイ嫌疑で惨殺された住民も「国家のために一命を捧げた護国の神」という名誉を与えられ、その遺族は精神的に癒されるという構図である。

 戦争をする主体である国家にとって、民衆の戦争認識を操作することがいかに重要かがわかる。次の戦争を実行するためには「戦争被害=国策の犠牲」という認識はあってはならないことなのである。

 2015年12月、豊見城市議会は「私たちは沖縄戦において祖国日本・郷土沖縄を命がけで日本人として守り抜いた先人の思いを決して忘れない」という一文を含む意見書を採択した。こうした歴史認識の歪曲は「台湾有事」を口実とした南西諸島の軍事要塞化と一体の動きだと、石原教授は警鐘を鳴らす。

軍隊は住民を守らない

 77年前の夏、沖縄戦と同じように、老若男女を根こそぎ動員した「決戦」が本土でも行われようとしていた。帝国議会で成立した義勇兵役法にもとづき2800万人の動員計画を押し進めていたのである(2)。

 対する米軍は上陸作戦を容易にするために、南九州への原爆大量投下や毒ガスの使用を計画していた。そして大量破壊・大量殺害を正当化するために「日本に一般市民はいない。すべてが戦闘員だ」という言説が流布された。住民を巻き込んだ総動員戦は果てなき殲滅戦にエスカレートするということだ(3)。

 「軍隊は住民を守らない。それどころか軍事作戦と称して住民を殺害したり、死に追いやる」という沖縄戦の教訓(4)(5)を無にしてはならない。   (M)

(1)国家に捏造される沖縄戦体験 ―準軍属扱いされた0歳児・靖国神社へ合祀 石原昌家著 インパクト出版会 2800円+税

(2)国民義勇戦闘隊と学徒隊―隠蔽された「一億総特攻」 斉藤利彦著 朝日選書 本体1500円+税

(3)幻の本土上陸作戦―オリンピック作戦の全貌 NHK「果てなき殲滅戦」取材班+中津海法寛著 祥伝社新書 本体880円+税

(4)証言 沖縄スパイ戦史 三上智恵著 集英社新書 本体1700円+税

(5)沖縄戦の子どもたち 川満彰著 吉川弘文館 本体1700円+税

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