2022年05月13・20日 1723号

【相談支援事業所「ぱすてる」/うれしい悲鳴≠フスタートダッシュ/助けを求める声に応えたい 札幌】

 1月1日、札幌市に民主的運営を目指す障がい福祉サービスの相談支援事業所「ぱすてる」が開設された。クラウドファンディングをはじめ全国の支援でスタートし、障がいを持つ子やその家族の生活、支援などの相談も次々と寄せられている。運営する山川博豊さんに報告してもらった。

 年初に、北の大地に民主的事業所がうぶ声をあげたとお伝えした(本紙1711号)。その相談支援事業所「ぱすてる」も、あっという間に開設から約4か月が経過し、様々な動きも出てきたので、現在の状況を報告させていただきたい。

 一言にすればうれしい悲鳴≠フスタートダッシュといったところか。みなさんが事業所の開設、私の動向を注視していたか、どれほどみなさんが地域の中に根付く事業所を待望していたのかを実感している。

開設同時に声また声

 開設と同時に「山川さんが運営する事業所が出来ると聞いて、楽しみに待っていました」「(数年前に別の市で担当していた方からも)山川さん運営の事業所が出来るなら、そちらで担当していただけないだろうか」。風のうわさで開設のことを知ったという。さらには、全くの新規の方も「そちらの事業所ではどんな相談でも親身になって聞いてくれると、(養護学校の)先生から勧められた」等々の声、また声。

 事業の核となる相談支援事業で担当させていただく件数も、今年中に達成すると目標にしていた件数を早くも上回ったところだ。私一人では業務が追いつかず、職員を雇用する検討も始まった。

 いやいや待てよ。ボランティアさんとして名乗りをあげてくださっている方も。そこに依拠しない手はない。いや徹底して依拠すべきだ! 職員の雇用はその先としようか。

貧困な福祉行政の中で

 こんな声が多く寄せられるのも、実に貧困な福祉・医療行政があるから。覚えている方はいるだろうか、今から30数年前に『福祉が人を殺すとき』という名のルポルタージュが発刊されたことを。これは、札幌市で実際に起こった餓死事件を元に、相次ぐ餓死・自殺、生活保護行政の背景と実態を告発したものだ。

 私の母は視覚障がい者であったが、その母が「お兄ちゃん(私のこと)、札幌はね、福祉に冷たい街だと思うの」と話していたことがある。

 「どうして」と母に問うと「札幌はね、使える制度があっても(内容は不十分な制度でも、少しでもましになるなら使いたいのに)教えてくれないの」と答えてくれた。そんな話をしたのも30年ほど前。なるほどその通り。今でもだ。

 立ち上げた【相談支援事業所】。これは障がい者総合支援法や児童福祉法に基づく公的な事業所で、介護保険のケアマネさんの様な内容の業務だ。本来であれば、サービス利用を円滑なものにするために、サービスを利用しようとするすべての方について【相談支援専門員】が担当することが必要なはずだ。

 ところが、札幌市の場合は18歳以下で相談支援専門員が担当している方は3割に満たない。

知られていない相談支援

 障がいを抱えるお子さんを持つ親の多くは、相談支援事業所があって、そこには相談支援専門員がいて、お子さんの発達・サービス利用等々を相談できることを知らない。知らないで苦しんでいる方がたくさんいらっしゃるのが現状だ。

 事業所は公的なサービスであり、福祉事業≠フ一端を担うもので、事業所の関わりが利用者さんやその家族に大きな影響を与えることもある。あらためてそう考えると、公的サービスである以上、その結果が求められているのだと思う。

 冒頭でうれしい悲鳴と書いたが、いや待て、これをうれしい悲鳴と言って良いのだろうか。暗中模索するみなさんの声、助けを求める声の数々。そうではなくみなさんの「良かった」「うれしい」の声に変えて行かなくてはならないのではないか。身の引き締まる思いである。

相談支援中の筆者
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