2022年05月27日 1724号

【「総理は嘘つきだ」で逮捕!?/侮辱罪厳罰化の危うさ/権力批判封じに使われる】

 「総理は嘘つきだ」とデモで叫んだだけで現行犯逮捕される―。まるで今のロシアのようなことを可能にする刑法改定案が衆院本会議で可決された(5/19)。侮辱罪の厳罰化だ。政府は「インターネット上の誹謗中傷を抑止するため」と説明するが、彼らの真の狙いが権力批判の封じ込めにあることは明らかだ。

ネット対策は口実

 「たとえば、私が『総理は嘘つきで顔を見るのも嫌だ。早く辞めたらいいのに』と言った場合、これは“嘘つき”という侮辱的表現を含むものだと思いますが、この発言は侮辱罪に該当しますか? 私の妻がコラムで書いた場合には該当しますか?」

 侮辱罪の厳罰化を盛り込んだ刑法改定案をめぐり、衆院法務委員会でこのような質問があった(4/27)。質問者は前新潟県知事の米山隆一議員(無所属)。彼の妻は作家でタレントの室井佑月さんである。

 この総理が安倍晋三だとすると、「嘘つき」と呼んでも侮辱にはなるまい。安倍は「桜を見る会」問題をめぐる国会審議で「虚偽答弁」を連発しており(衆院調査局によると118回)、「嘘つき」は事実の指摘にすぎないからだ。

 それはともかく、「表現の自由」は基本的人権のなかでも優越的な地位を占めている。為政者に対する悪口も批判の一種であり、犯罪になるはずがない。ところが、答弁に立った法務省の川原隆司刑事局長は「個別に判断される事柄なので…」と言葉を濁し、明確に否定しなかった。

 二之湯智国家公安委員長の答弁も怪しい。「閣僚や国会議員を侮辱した人は逮捕される可能性があるか」との質問に「ありません」と明言したものの、次第に「あってはならない」と表現を弱め、ついには「逮捕される可能性は残っている」と言い出した。

 一連の国会審議から侮辱罪厳罰化法案の危険な正体が見てとれる。政府・自民党がやりたいのは権力批判の封じ込めだ。「ネット上の誹謗中傷対策」は隠れ蓑にすぎない。

絶大な萎縮効果


 改定案に沿ってみていこう。侮辱罪の法定刑は「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」。改定案はこれに「1年以下の懲役・禁錮か30万円以下の罰金」を加えた。公訴時効も1年から3年に延びる。軽い犯罪だった侮辱罪が「懲役」もある重い犯罪になるというわけだ。

 可能になるのは「懲役刑」だけではない。現行の侮辱罪は法定刑が「拘留または科料」なので、刑事訴訟法199条1項の規定により、逮捕は原則としてできなかった。法定刑に「懲役」が加わると、逮捕が可能になるのである。

 また、「拘留または科料」のみに処すべき罪の場合、教唆(そそのかし)や幇助(手助け)は罰せられない(刑法64条)。法定刑の引き上げによって、その縛りがなくなる。侮辱罪の教唆犯や幇助犯も処罰の対象になるということだ。

 ありそうな事例を考えてみよう。デモや集会、あるいは選挙演説の場で、批判の対象である政治家を罵ったとする。「安倍は戦争バカ」「岸田(首相)は操り人形」「吉村(大阪府知事)は口だけ男。松井(大阪市長)は利権漁りのゴロツキ」のたぐいだ。それだけで侮辱罪の現行犯で逮捕されかねない。

 言った当人だけではなく、まわりで「そうだ。もっとやれ」と叫んだ人や拍手した人も教唆犯・幇助犯で罰せられる可能性があるとなれば、怖くて集会やデモになど行けやしない。そうした萎縮効果を侮辱罪の厳罰化は狙っているのだ。

 ちなみに、現行犯は警察官ではない私人が取り押さえて警察に引き渡す「私人逮捕」が可能である(刑事訴訟法213条)。自民党や維新の会などは「これは使える」とほくそ笑んでいることだろう。

プーチンのロシアに

 「厳罰化といっても名誉棄損罪に近くなるだけ。たいしたことではない」という人もいるだろう。しかし、侮辱罪と名誉棄損罪には大きな違いがある。

 名誉毀損罪の場合、公共の利害に関する内容かつ公益を図る目的があり、その内容が真実であれば罰せられることはない。また、公務員、政治家(候補者も含む)が対象の場合は、真実である(もしくは真実と信じるに相当の理由がある)ことの証明があれば、名誉棄損罪は成立しない。

 こうした例外規定が侮辱罪には存在しない。そもそも何をもって「侮辱」とするかは極めて曖昧である。権力側のさじ加減一つで、辛らつな論評や比喩表現まで「侮辱」とみなされかねないのである。

 侮辱罪の厳罰化は政治権力者の批判も自由にできない社会をもたらす。行き着く先は今のロシアのような侵略国家である。 (M)



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