2022年06月10日 1726号

【岸田首相「資産所得倍増」発言 格差広げる“新しい資本主義” 賃金増 消費税廃止こそ必要】

 「眠り続けてきた1千兆円単位の預貯金をたたき起こし、市場を活性化するための仕事をしてもらう」、だから「インベスト・イン・キシダ(岸田に投資を)」。5月5日、岸田首相はロンドンでの投資家向け講演でこう言い放った(5/7朝日)。

 1千兆円とは、家計の金融資産2023兆円(2021年12月末、日本銀行)のうち54%を占める現金・預金を指す。

 なぜ私たちの預貯金が「眠った」ままなのか、岸田は考えていないだろう。0・001%の利子(普通預金)しかつかないのに、NISA(少額投資非課税制度)など「貯蓄から投資へ」という安倍政権以降に進められてきた誘導策が広がらない。多くの市民は、株などマネーゲームに対する躊躇(ちゅうちょ)感や拒否感を持つだけでなく、より強い将来不安から貯蓄するのだ。岸田らは、人びとのこうした感情を理解していない。

 岸田は、その場で「資産所得倍増」も提唱していた。預貯金を眠りからたたき起こして投資すれば倍にする、と言う。まるで詐欺師の口上ではないか。こんなインチキが「新しい資本主義」の具体化なのだ。

貯蓄より負債が多い

 貯蓄額の実態を見てみよう。5月10日に総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)21年平均結果」(図1)が公表された。1世帯(2人以上)の平均貯蓄額が1880万円、3年連続の増加となっている。勤労世帯に限ると1454万円になる。



 この数字に納得する人は少ないだろう。1880万円を下回る世帯が67・6%を占めているからだ。平均では現実が見えないので低い方(貯蓄ゼロ世帯も含む)から並べて中央に位置する中央値を見ると、1026万円、勤労世帯で784万円である。これで人びとの実感にまだ少しは近づく。

 次に、貯蓄の内訳はどうか。預貯金63・8%、有価証券(株式や債券など)15・7%となっている。ここ数年間の推移をみても有価証券は13〜15%台であり、「貯蓄から投資」という政策が掛け声だけになっていることは明らかだ。

 貯蓄だけでは問題が見えない。負債はどうなっているのか。1世帯(2人以上、負債ゼロ世帯も含む)の平均値は567万円で、負債保有世帯に限ると1505万円。勤労世帯では、負債ゼロ世帯を含めて平均856万円、負債保有世帯1603万円である。年齢別では様相が変わり、世帯主が50歳未満の世帯の負債は貯蓄を上回る(図2)。



 貯蓄と負債を重ね合わせると、勤労世帯の多くは十分な貯えがないどころか、借金を抱えていることが分かる。将来を考えれば、貯蓄を投資に振り向けるなどギャンブルでしかない。

金融所得課税強化を

 岸田首相は、昨年の自民党総裁選の際、金融課税強化案を掲げていた。所得1億円を超えると税率が急に下がる「1億円の壁」を解消させて税収を増やすという宣伝だった。ところが、総裁選直後に株の下落があったことで、岸田はこの案をすぐに取り下げた。

 所得1億円を超えると株式売買益の占める割合が急増するにもかかわらず、株式売却益には累進課税が適用されないため税負担率が下がり「1億円の壁」が生じる。金融課税強化はこの「壁」を破って所得による格差の拡大を抑えるものとなり、実現されて当然のものだ。岸田はこれを否定し、株式売却益などを増やす「資産所得倍増」を強調した。それは、格差をさらに拡大させる宣言である。

 貯蓄ゼロ、貯蓄より負債が多い市民にとって「資産所得倍増」など無縁だ。いま必要なのは、賃金や年金での所得を増やすことであり、所得増を全体に波及させるために消費税を引き下げ、廃止することである。
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