2022年07月01日 1729号

【読書室/未完の敗戦/山崎雅弘著 集英社新書 920円 (税込1012円)/この国はなぜ人を粗末に扱うのか】

 コロナ対策、ハラスメント、長時間労働…。「日本の社会は、なぜ当たり前のように人を粗末にするのか?」。著者の問題意識はここから出発する。それに酷似する「お国のために命を捧げる」ことを美徳とし、破滅の道に突き進んだ太平洋戦争。この敗戦を日本の政治権力は総括できていないとして、著者はタイトルを『未完の敗戦』とした。

 戦前の皇国臣民の理想とされた人物に楠木正成がいる。皇居外苑の楠木正成像とうり二つのイラストが『防衛白書』の表紙に描かれた。大日本帝国時代の日本軍の思考と現代の自衛隊の思考が同じことを示す。

 戦前の全体主義では、個の存在は否定され、国家につくすことが賞賛された。戦争犠牲者は「お国のために身を捧げた」とされ、神として靖国神社に祀られた。遺族は肉親の死を悲しむことさえ許されず、家族の命を惜しむ者は「非国民」とされた。人命軽視の極致である「特攻攻撃」が生まれたのも、国策遂行のために個人の犠牲を積極的に肯定する精神文化があったからである。そして今日でも、特攻作戦を指揮した軍部、権力の責任を問うことなしに、特攻隊の悲劇を「お国のための尊い死」と美化する風潮が続いている。

 今、歴史修正主義は「軍隊慰安婦」や「南京虐殺」の日本軍の犯罪を問うことを「反日」と攻撃する。彼らにとっての現在の日本と「大日本帝国」とは同義であり、「敗戦」も「反省」も存在していないのだ。

 組織の上位者への無条件服従と自己犠牲の美談化―こうした「大日本帝国型の精神文化」を払拭(ふっしょく)しなければ、人権は大事にされず、真の民主主義は実現しないと著者は訴える。   (N) 
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