2022年11月25日 1749号

【国連特別報告者 福島原発事故国内避難者の調査実施/国際人権法が認める避難の権利/「強制」も「自主」も差別なく賠償と支援を】

市民運動が実現させた国連調査

 9月26日から10月7日にかけて、国連人権理事会が任命した国内避難民の人権に関する特別報告者セシリア・ヒメネス=ダマリーさんが福島原発事故の避難者の生活実態や政府・自治体による支援策について調査した。

 同特別報告者が日本政府に訪日調査を要望したのは2018年8月。その後、2020年1月と2021年6月に「リマインダー」(念押し)をしているが、政府はコロナウイルスの感染拡大などを理由に受け入れの回答を引き延ばしてきた。こうした状況を憂えた原発避難者や支援者・弁護士などが外務大臣に訪日調査要請を受け入れるよう求めた要請書を作り、80を超える団体の賛同を得て提出したのが2021年8月。それ以降、「国連特別報告者の訪日を実現する会」が結成され、定期的に外務省に連絡を取り、国会議員にも協力を求めた。国会でもたびたび訪日調査問題が取り上げられ、今年5月にようやく政府は受け入れを表明したのだった。

 今回の訪日調査は、セシリアさんの熱意と訪日調査を求めた市民運動とによって実現したといえる。

声明 避難民は同じ

 セシリア特別報告者は、調査を終えた10月7日に記者会見を開いたが(本紙1744号既報)、その後「調査終了後のステートメント」(以下、「声明」とする)が正式に公表された。

 声明は、原発事故に伴う避難者の状況と国の対応について、「強制避難者」と「自主避難者」の間に「相当程度の差別が存在し続けていた」と指摘し、国内避難に関する指導原則に基づいて、「強制避難指示を理由として避難を余儀なくされた国内避難民である『強制避難者』と呼ばれる人びとも、避難指示はないものの、避難しなくてはならないと感じた国内避難民である『自主避難者』と呼ばれる人々も、国際法の下での国内避難民である」と明確に述べている。

 さらに〈予備的な一般的結論〉という項目でも、援助や支援について「強制避難」と「自主避難」とを区別してはならないことを一番に挙げている。

追い出しは人権侵害

 声明は、国内避難民の権利として6つの権利を挙げている(別表参照)。

 住居に対する権利では、住宅支援が打ち切られ、「ある種の公営住宅に今も居住している国内避難民」が立ち退き訴訟に直面していることを取り上げ、「政府は、特に脆弱(ぜいじゃく)な状態にある国内避難民に対して住宅支援の提供を再開すべきである」と勧告している。

 10月7日の記者会見のあと、共同通信が行ったインタビューで、福島県が、支援終了後も公的住宅に住み続けた自主避難者を提訴していること≠ノついてセシリアさんは「賛成できない。避難者への人権侵害になりかねない。(福島県には)避難者保護の役割があるが、それに反している」と明確に述べた。また、「民の声新聞」の取材でも、「追い出し裁判≠ネど受け入れられません。国内避難民に対する明確な嫌がらせです」と答えている。

20_シーベルトの見直し勧告

 声明は、〈恒久的な解決策における国内避難民の権利〉という項目を設け、国内避難民には「持続可能な帰還、持続可能な地域統合及び国内の他の地域での持続可能な定住という3つの選択肢がある」とし、恒久的解決策の策定に際しては国内避難民を参加させること、また選択は「自由かつ自主的に実施されるべきである」と強調している。

 そして帰還に関連して、避難指示解除の目安とされる「年間20_シーベルト基準」は「緊急被ばく状態」における基準であって長期居住の基準ではないとして、その見直しを勧告している。

 既に、国連の有害廃棄物に関する特別報告者バシュクット・トゥンジャクさんが2018年10月に、日本政府に帰還政策の見直しを求める声明を発表している。それに対し、内閣府の原子力被災者生活支援チームは「ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告では避難などの対策が必要な緊急時の目安として、年間の被ばく量で20_シーベルトより大きく100_シーベルトまでとしていて、政府はそのうちの最も低い20_シーベルト以下になることを避難指示解除の基準に用いている」と説明した(同年10/26 NHK)。

 ここには、「緊急被ばく状況」(避難しなければならない状況)と「現存被ばく状況」(すでに被ばくが発生したあと、避難解除を判断する状況)の違いの無理解、もしくは意図的な混同がある。「現存被ばく状況」の参考レベルは1〜20_シーベルト/年で、できるだけ低い線量を選ぶことになっている。

 今回の声明はそのことを再度指摘したものだ。

国連自由権規約委も日本政府に勧告

 国連の自由権規約委員会は11月3日、人権状況をめぐって「日本の第7回定期報告に関する総括所見」を公表した。そこでは、福島原発事故による国内避難民に関して、「高濃度汚染地域に帰還せざるを得ない人々を生み出していること」「避難区域外に住む避難民に対する無償の住宅支援が打ち切られたこと」「甲状腺がんと診断された、あるいは甲状腺がんと思われる子どもたちが多数いるという報告」に懸念を抱いていると表明。

 「放射線レベルが住民を危険にさらされない場合に限り、汚染された場所の避難区域としての指定を解除すること」「避難区域外に住む避難民のための無料住宅の再開を含め、必要なすべての財政、住宅、医療、その他の支援を受けられるようにすること」「子どもを含むすべての被ばく者に対して無料の定期的かつ包括的な健康診断の提供を検討すること」を勧告した。

原発賠償訴訟など 国際水準で解決を

 現在、全国で争われている原発賠償訴訟の争点の1つが、区域外避難者への賠償金額の低さだ。避難指示区域からの避難者に対してはある程度まとまった金額が賠償されたが、区域外避難者への賠償金は妊婦・子どもが40万円、それ以外は8万円でしかない。各地の訴訟の判決も、その金額にいくらか上積みするだけにとどまっている。

 今回の声明の援助や支援について「強制避難」と「自主避難」とを区別をしてはならない≠ニいう勧告は、区域外避難者の要求を後押しするものだ。同時に、対政府交渉での要求の正当性を裏付ける。

 また、福島県の避難者追い出し裁判については、国連特別報告者が明確に批判しており、その不当性は明らかだ。

 今回の特別報告者の声明や自由権規約委員会の勧告に示される国際人権法を活用し、国際水準に基づいて、すべての原発事故被害者の避難の権利と生存権を保障させなければならない。

国内避難民の権利についての勧告(抜粋)

(1)安全及び安心に関する権利と住居に関する権利・政府は、特に脆弱な状態にある国内避難民に関して住宅支援の提供を再開すべき。

(2)家族生活に関する権利・避難において離散した家族の一員の脆弱性に特に注意を払うべき。

(3)生活手段に関する権利・シングルマザーや働く母親のために育児の機会を拡大するための取り組みが至急実施されるべき。

(4)健康に関する権利・PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えた国内避難民に「専門的なモニタリングと治療」を提供すべき。福島県が実施している甲状腺がんの無料スクリーニングを継続すべき。

(5)教育に関する権利・避難した子どもたちへのいじめを根絶する取り組みの必要性を勧告。教材(文科省の「放射線副読本」と思われる)は「放射線被ばくのリスクと、子どもが放射線被ばくに対してより脆弱であること」を正確に反映すべき。

(6)解決策策定に参加する権利。・国内避難民は自分たちの「生活の保護と生活の再建」策の決定に参加する権利を有する。避難者への支援活動を行なっているNPO等に対する支援は継続されるべき。
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