2023年04月21日 1769号
【新哲学世間話(36) 理研「雇い止め」争議の物語るもの】
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理化学研究所(理研)という自然科学系綜合研究所がある。創設以来100年以上の歴史をもち、幾人かのノーベル賞受賞者も在籍したこともある超有力研究所である。現在は国立の研究独立法人である。スーパーコンピューター「京」や「富岳」の運営母体として知っている人も多いだろう。
その理研で研究者の「雇い止め」を巡る争議が続いている。3月29日、短時間で部分的ではあるが抗議のストライキまで実施された。
事の発端は2013年4月に施行された「改正労働契約法」に遡(さかのぼ)る。この法律で「有期雇用5年経過した者で、本人が希望すれば無期雇用に転換しなければならない」ことが定められた。その後、研究職にある者は5年を10年にする特例措置が講じられた。だが、10年になっても「任期付き」の雇用であることに変わりはない。理研に限らず他の研究機関でも、「無期雇用」への転換を嫌う雇用者側は10年の期限前に「雇い止め」を行ってきた。
今年の3月末は「改正法」施行から10年にあたり、「無期雇用」への転換を阻むために大量の「雇い止め」が発生する事態が起きている。理研では380名ほどその対象者になっている。
これは、労働者の安定的雇用という観点からだけでなく、日本の科学―技術研究の継続的発展という観点から見ても、きわめて深刻な事態を示している。
これを契機に理研を離れた優秀な幾人かの研究者が海外の企業に転職したことが伝えられている。似たようなことは全国の研究機関や大学で起こっている。これらの機関などでは政府の補助金がカットされ続けているため、「無期」の研究者のポストは「有期」に置き換え続けられている。
博士号をもつ多くの若手研究者にほとんど職がない。大抵は3年から5年の「任期付き」で、それでもポストが得られれば幸運な方だ。数年後にはまた「職探し」をしなければならない。若手研究者が、見通しのつかない日本の研究に見切りをつけ、海外に活躍の場を求める傾向はますます強まっている。大量の「頭脳流出」が始まっているのである。
すでに日本の科学技術研究の衰退は進行中だ。それに歯止めをかけるために科学の基礎研究分野への予算を投入しなければ、日本からノーベル賞受賞者が出ないどころか、およそ国際水準の科学とはいえなくなる事態が訪れるであろう。
(筆者は元大学教員) |
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