2023年05月26日 1773号

【未来への責任(374) 日韓「政治決着」のその先へ】

 3月6日、韓国政府は韓国大法院が日本製鉄・三菱重工に賠償を命じた強制動員被害者に対する判決の債務を韓国の財団が肩代わりする「解決策」(第三者弁済)を示した。これをうけて3月16日に訪日した尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と岸田首相との首脳会談が開催され岸田首相が「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」ことを表明しシャトル外交の再開など関係正常化を合意した。

 5月7日、訪韓した岸田首相は共同記者会見の冒頭「多くの方々が過去のつらい記憶を忘れずとも、未来のために心を開いてくださったことに胸を打たれました。私自身、当時、厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思いです」と発言した。

 3月の「公式発言」から一歩踏み込んで自らの言葉で「謝罪」の意思を示したとされるが、最大の懸案事項と言っていた「徴用工」あるいは「強制動員被害者」などの具体的な言葉はなかった。被害者への直接の謝罪もなく被告である日本企業の謝罪や賠償問題についての言及もなく、今回の首相訪韓でも問題解決は前進しなかった。

 大法院判決を受けた原告のうち10名(遺族)が「財団」からの賠償金相当額を受けとり、それまで解決案に反対の意思を示していた生存原告のうちの一人が受領の意思を表明したと報道されている。だが一方、大法院に係属中の三菱名古屋工場に強制動員された元女子勤労挺身隊訴訟の93才の原告梁栄洙(ヤンヨンス)さんの訃報が伝えられた。

 日米韓の「軍事同盟」を優先させた今回の政治決着の陰で、合意対象には含まれなかったまだ多くの被害者がいることを忘れてはならない。東西冷戦下、植民地支配責任を認めない日本政府と朴正熙(パクチョンヒ)軍事独裁政権が妥協し締結した1965年の日韓条約では、強制動員被害者は置き去りにされた。そして今、強制動員被害者の人権回復を命じた画期的な大法院判決が、軍事優先の政治決着によって「無力化」されようとしている。

 植民地支配の犠牲者である強制動員被害者が求める解決とは何か、日本政府や企業に何が問われているのか、日韓の真の友好関係を築いていくために今私たちは何をすべきか。これらについて、ジャーナリストの青木理さん、作家の中沢けいさん、韓国から民族問題研究所の対外協力室長の金英丸(キムヨンファン)さんを招いて討論集会「日韓『政治決着』のその先へ―強制動員問題の解決を求めて」が5月27日に開催される。徴用工問題の真の解決のために何が必要か議論を深めたい。

(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田光信)

MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS