2023年06月02日 1774号

【「雇用流動化」掲げる岸田政権/「解雇の金銭解決」制度の導入狙う】

 労働政策に関する重要事項について厚生労働大臣に意見する諮問機関、労働政策審議会(労政審)。昨年12月6日開催された第184回労働条件分科会で「解雇無効時の金銭救済制度について」議論された。いわゆる「解雇の金銭解決制度」というやつだ。

 委員会メンバーは労働者、使用者代表委員各7人、公益代表委員5人の19人。この場で労働者側委員は、「労働審判等現行制度で十分対応できる」と主張し、導入に反対した。使用者側は「解雇された労働者を救済するための新たな選択肢の創設」と推進を主張した。使用者側が「労働者の救済のため」というところから怪しい。何とか受け入れさせようという魂胆が見える。

解雇には制約あり

 「解雇の金銭解決制度」の問題点を指摘する上で、そもそも「解雇」とはどういうことか確認しておく。解雇とは使用者と労働者の間で結ばれた雇用契約を、使用者側から一方的に解消することを意味する。使用者側が自由に契約解消できてしまうと、労働者にとっては大きな不利益を被ることになる。そこで、労働契約法によって解雇は次のように規制されている。「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)。

 つまり、労働者の解雇には正当な理由が必要なのであり、正当な理由がなければ解雇は無効になり、雇用契約は継続する。裁判で解雇無効とされれば、職場復帰できるのはもちろんのこと、裁判期間中に未払いになっていた給与などもすべて支払われることになる。これが現行の制度だ。

「経営独裁」招く

 では、「解雇の金銭解決」制度が導入されるとどうなるのか。もっとも懸念されていることは、「金さえ払えば勝手に解雇できる」ことになってしまうことだ。裁判で解雇無効と認められても、職場復帰ができなくなってしまう。

 例えば、「顔が気に入らない、態度が気に入らない」といった解雇が金銭で解決できるような道がひらかれる。さらには、「残業代を請求」という正当な要求も「反抗的」などという理由で職場から放逐することも可能になる恐れもある。

 このように、職場復帰が封じられることで、労働者は意見を言うこともできなくなり、「経営独裁」が実現してしまう懸念が指摘されている。この制度には労働者の反発は強く、「カネで決着をつけるのか」と労働組合は警戒感を強めているのである。


解雇自由求める資本

 使用者側はこの反論をかわすように、「労働者側からしか制度の利用はできないことにする」と強調する。金銭解決の選択権は労働者にあるとし、警戒感を解こうというのである。

 見え透いた方便だ。例えば「解雇保険」による企業の負担軽減を提案している大内伸哉神戸大学教授は経団連のアドバイザーだった経歴を持つ。「労働者災害補償保険(労災保険)と同様に企業から保険料を徴収し、解雇する労働者への補償金に充て、各社の負担額を平準化する」方法と同時に、使用者側からも解雇の金銭解決制度の申立が出来るように主張する。

 「不当解雇が金で免罪される」仕組みが制度化されれば、独り歩きすることは目に見えている。「解雇の金銭解決」制度の導入は「雇用の流動化」を求める資本の要求なのだ。

 政府は「解雇の金銭解決制度」導入議論に呼応して、新手を繰り出してきた。2月15日に開催された第14回新しい資本主義実現会議で、岸田文雄首相は突然、雇用保険に言及。「さらに労働移動を円滑化するため、自己都合で離職した場合の失業給付の在り方の見直しを行う」と述べた。

 現状では、自己都合離職者の場合、離職後2か月ないし3か月は失業給付が受給できず、簡単に会社を辞められない実情がある。そこでこの給付制限期間を見直し、離職しやすくする意向を明らかにしたのだ。決して労働者のためを思ってのことではない。

  * * *

 「雇用流動化」を最大の労働課題とする岸田政権は解雇の金銭解決制度導入に並々ならぬ意欲を示している。転職意思のない労働者を無理やり別会社に移動させるには、資本が自由に解雇しても大丈夫という担保が必要だからだ。労政審での議論は、法案作成作業の開始を告げるものだ。解雇の金銭解決制度導入を許さない声を挙げよう。
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